11 ネミミニミーティング

「さて、皆さんが集まったところで、少々お話したいことがあります。座って聞いてくださいね」


 突然教壇に登り、ゆったり喋り始める門倉先生。

 びっくりした。

 周りを見る限り、長く在籍している部員にとってもまあまあ珍しいことのようだ。全員、寝耳に水。


「えっと……柘植部長、お願いします」

「はーい」


 注目を集めるだけ集めておいていきなり部長に振る顧問に、オレは机の端に付いていた肘が外れてわざとらしくコケた。

 向いに座っていた副部長がぶふっと吹き出し、部長の冷たい視線を浴びる。


「篠塚。あんたはこっちでしょ」

「えーやだー」


 などとゴネつつ、ちゃんと部長に従う。

 完全に尻に敷かれてやがるぜ。

 片手をポッケに突っ込み、もう片方の手で髪をかき上げながら、化学室の前の方へ向かう篠塚先輩。その格好付け具合でピンと来た。わざとだな。

 わざと注目を浴びるために、こっち側に座ってたんだな。


「やだって言ったのに……まったく自分の才能が嫌になるよ、皆に頼られて」

「はいはい。分かった分かった」 


 ゴングが鳴るのをわくわくしながら待ったが、部長の方が弁えている人で、さすがに部員の前で副部長にプロレス技をかけることはなかった。


「さて、じゃあミーティングを始めるよ。文化祭の展示について」


 ゆるっと語り始める副部長に、十数名の部員がざわついた。


 カメラ部の、カメラ部としての活動はほとんどない。フィルムカメラ主流の頃は定期的に、撮ったフィルムを持ち寄って現像する会をやっていたそうだが、デジタルカメラが普及したお陰でその楽しい作業も絶滅しつつある。

 今では火曜の放課後に各々写真を撮ったり化学室で機材を弄りながらおしゃべりする、そんな緩い部だ。


 唯一の……年に一度の晴れ舞台。

 それが文化祭。


「カメラ部の展示について、改めて説明しておくね。一年生と、途中入部の二年生は、ちゃんと聞いておくように」

「はーい」


 手を挙げて元気に返事をしたのは俺だけで、周囲がなんかクスクス笑っている。


「うん。新入部員君は元気でよろしい」


 篠塚先輩は褒めてくれた。

 それから教卓に両肘をついて背を丸め、ゆるっと体勢を崩す。

 並んで立っている柘植先輩が、怖い顔をした。後方保護者面の門倉顧問は、黒板のところまで退がってにこにこと二人を見守っている。


「展示は例年通り。一人当たり四切を六枚まで。テーマは自由、連作でもばらばらのモチーフでも、何でも良いから良く撮れていると思うものを出すこと。ただし一年以内に撮った写真に限る。活動の成果を発表する場だからね、去年の文化祭以前に撮った写真は不可ってことだ」

「展示したい作品が決まったら、文化祭前の最後の活動日までにわたしのところに持ってきて。協賛のつげカメラで三枚ずつプリントして渡すわ。受け取ったら必ずサイン、日付、エディションナンバーを入れること。『作品』を『展示』するという意識は忘れないでね」

「人物が写っている場合は、本人に必ず展示の許可をもらうこと。そうそう、コラージュや合成は禁止だよ。うちは一応カメラ部だからね」


 部長はともかく、副部長が珍しく真面目だ。


 俺は二人の言葉をメモした。後で訊かなければならないことが結構ある。

 例えば四切。食パンか? 写真と食パンの関係が分からない。


 期間に関しては問題ないな。始めたばかりだし。逆に、展示に耐える写真が足りるかどうか不安だ。

 このままでは猫写真を展示することになりかねない。マジックアワーハンターの秘めたるポテンシャルを今こそ開放せねば。


「じゃあそういうことで。解散」

「待ってください。私からも一言」


 ここでようやく顧問が小さく手を挙げた。

 そして。


 爆弾発言をする。


「展示作品には必ず一枚以上、銀塩写真を含めてください」


 その瞬間——

 化学室が凍った。ざわついたり、私語したり、ノートにシャーペンを走らせたり、消しゴムを落としたり、そういう物音が一切消えたのだ。

 誰も呼吸さえしていないんじゃないかってくらい、完璧な静寂が訪れる。


 多分、分かってないのはオレだけだ。

 ぎんえん写真? 銀は分かる。シルバーだ。えん? えんって何だ? どの漢字だろ?


「……ええと。経緯について、わたしから説明するわ」


 こりこりと指で額を掻きながら、部長がようやく場の硬直を解いてくれた。

 部員一同、息をしなければ生きていられなかったことを思い出す。


「まあ、想像は付くと思うけど。いつもの、写真部の嫌がらせって言うか、鈴木先生のいちゃもんって言うか。それだけなんだけどね」


 なるほど。あの派手なシャツの美術教師が、喧嘩売って来たのか。


「で、門倉ちゃんが言ったの。じゃあうちはフィルムカメラで勝負しますって」


 ……はい?

 もしかして、喧嘩売ったの門倉先生のほう!?


「勝負じゃないんです、ただ伝統はこちらの部の方があるのに、展示内容が被ってるなんて言うものですから、じゃあ変えますよって」

「ひえ……強気だね、門倉ちゃん」


 呆れ顔の篠塚先輩。どうやらこれは副部長にも通っていない話だったようだ。


「だって私、皆さんを信じていますから。銀塩写真ならではの世界を見せつけてやりましょう!」


 おー、みたいな感じで盛り上がっているが。

 いやいや皆さんは大丈夫でもオレまだ一度も撮ってない。デジタルでさえまともに、マジックアワーを捉えてないのに。


 寝耳に水どころの話じゃないよ……。


 その後少々の質疑応答タイムを経て、ミーティングは終了。

 部員はいつものように各自の活動へ移る。

 オレは壇上の柘植部長の元へ急いだ。


「部長、質問があるっす」

「フィルムカメラについて?」

「あ、それはおいおい教えてもらいます。四切て何すか」

「写真の大きさのこと。印画紙を四つに切ったサイズで、そうねー、だいたいA四くらいと思ってて」


 食パンではなかった。


「もう一つ、部活の助っ人って文化部にも呼べるんすか?」


 篠塚先輩が長い体をこっちに傾けてそれとなく聞き耳を立てている。

 柘植先輩は頬に手を当てて視線を天井に投げた。


「どうなのかしらねー。基本的にあれ、試合に出る人数が足りないとかそういう時に使うものだから文化部には……文化部なら……そうね……展示会なんかは、それこそ試合に匹敵する勝負の場だし、実力のある生徒の手を借りたって構わないんじゃないかしらねえ?」


 喋りながら部長の表情が次第に力強くなっていく。

 オレの野望に、気付いてくれたんだ。


 いや。

 そう誘導したのは門倉先生だ。


 オレに師匠がいることを知っていて。

 師匠がフィルムカメラでしか撮らないことを知っていて。

 だからこその!


「もちろん我々カメラ部は大歓迎。けれども広瀬君、助っ人君のメンタル面は考慮するんだよ。協力して欲しい気持ちは分かるが決して無理強いはいけない」

「あざっす!」


 『話は聞かせてもらった』とばかり乱入して結論だけ持って行く篠塚先輩。

 でも気遣いできる人なんだな、意外と。無理強いしない。ホントそれ気を付けなければ。


 オレの、文化祭の野望。

 ——タカ君の撮った写真も展示する。

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