12 追いかけ続けた背中に
秋も深まったが、タカ君の夏休みはまだ続いている。
お父さんが亡くなったのは一学期末。以降、二学期から学校に来れなくなった。
写真学科のある大学へ進学するつもりでいたタカ君は、勉強をする目的を見失ってしまった。それに、何となく繊細っぽいから、周囲の目とか気になるんだろう。
間違いなくクラスの腫れ物になるもんな、オレ以上に。
同じ学年にそんな奴がいるとは思わなかった。
逆に言うと、知らなかったから良かった。
お互い面識がないからこそ、初対面の時にオレはカメラのことを訊けたし、タカ君もすんなり教えてくれた。これがもしクラスメイトだったら、顔を合わせた時点でかなり気まずい。
本当はカメラが好きで堪らないんだろうな。
でも親父さんの影響が大きすぎて、心の中を片付けられないでいる。
何とかもう一度、あいつに写真を撮らせる方法、ないんだろうかって、ずっと考えていた。
超初心者のオレに教えるという目的なら、あんまり抵抗なくカメラを弄っている気がする。
このまま、撮りながらアドバイスをくれる方向に持って行けたらいい。
そのための秘策を柘植部長と門倉顧問がくれた。文化祭でフィルム写真を展示しなきゃいけなくなった状況を引っ提げて、オレは今一度弟子入りをお願いするつもりだ。
生き残った人間は、死んでしまった人間に対し、罪悪感を抱くという。
爺ちゃんは家族で看取ったからそんな風には思わなかったけど、タカ君は色々背負ってしまった。
それこそ進路が根こそぎ変わっちゃうような重荷を理解してやれる訳がない。励ましたり慰めたりなんか無理だ。ただそれでも、一緒に写真が撮りたい。
それだけだ。たった、それだけ。
何も難しいことじゃない。
綺麗な夕焼けを流し見しつつ自転車を漕いだ。
山の上公園の駐輪場に見慣れたバイクが停まっている。
いつも通り愛チャリを横に置いて施錠し、三脚を背負い直してカメラバッグを肩に、階段を上る。タカ君はいつものベンチで美作川を見下ろしていた。
「待たせたな!」
「別に待ってないよ」
「じゃ何してるんだ。ここからじゃ夕焼けは見えないぞ」
「うん。もう夕日が入らなくなってきたなーって思ってたとこ」
「まじストーンヘンジだもんなこの町。太陽の動きがめちゃ良く分かる」
ふっふっと小さくタカ君が笑う。
天パの重苦しい髪とセルフレームの眼鏡に顔の上半分が隠れてて、表情は分かりづらいんだが、良く見ると笑った時に眉毛が下がる。何て言うか同い年と思えないくらい大人びていて、暗い雰囲気を漂わせ、いつもちょっと怖い顔してるタカ君なんだけど普通にしてると普通の奴だ。
……心底から笑えてんのかな。こいつ。
親父さん亡くしてから。
「次は?」
「次? ……そうだな、もう少ししたら吉森ヶ丘から綺麗な夕焼けが見える」
「ひえーあそこかぁ。めっちゃ登るからチャリじゃ無理だな。俺も原付の導入を検討しなくては」
「免許持ってる?」
「いや。これから取る」
タカ君が苦笑いした。
「そこからか。大変だね」
「師匠の背中を追いかけ、行く道を辿るのが弟子ってもんでしょ」
「弟子入りを許可した覚えはないけど?」
「それは奇遇だなぁ、オレも許可してもらった覚えがないんだ」
ベンチに腰掛け、すっかり初冬の日暮の色になってしまった眼下の街並みを見下ろす。
まだ元気だった頃、爺ちゃんは夜明け前にここに来て、朝日を待った。
けっこう登るもんな。足腰きつかったろうな。でも朝焼けに染まる街を、撮りたかったんだよな。
爺ちゃんのことを思い出そうとすると、死んで悲しかったことじゃなくて楽しかった記憶ばかりが蘇ってくる。
多分、オレはもう『肉親を亡くした痛み』を乗り越えてしまった。今なお苦しんでいるタカ君に寄り添うことはできない。
だったら、一緒に悲しむより一緒に笑う方がいい。
「吉森まで行くのきついなら、一色神社の紅葉もそろそろだと思う」
「紅葉かぁ……。オレマジックアワーハンターだからなぁ……」
「別に、紅葉の名所の朝焼けや夕焼けでも良いじゃん」
「あ、そっか」
「どっちから光が当たってたっけなあ……夕焼けだと逆光になった気が……」
タカ君の頭の中には、この町の撮るべき場所が全部詰まってる。そんな気がする。
山の上公園がストーンヘンジになることも、何年も通ったから知っているんだ。
やっぱ、写真やめたら駄目だよ。タカ君。
「タカ君を追いかけていればシャッターチャンスを見逃さないな」
「シャッターチャンス……ってのとはまた違うかな。そういうのはフォトジェニックの方が正確かも」
咄嗟に頭の中で直訳できない、知らない単語だった。
別に俺に理解できなくても構わないって風に、タカ君は薄く笑って視線を美作川に戻した。
もう、日が落ちると風が冷たい。
「良い写真が撮れる場所は覚えておけるんだ。紅葉、冠雪、梅が咲いて桜が咲いて紫陽花が咲いて……。ただ本当に良い写真が撮れるかどうかは運次第」
「だよな。紅葉が一番綺麗な時に空が晴れてるとは限らないし」
「そう。それが、フォトジェニックとシャッターチャンスの違いだ。……撮りたいものは在る、撮れる条件は限られている。だったら何度も行って、気が済むまで撮り続けるしかない」
ああ。分かっているんだな。
撮影に行ったまま帰れなかった親父さんのこと。
同じカメラマンだから。
親父さんが、息子の自分よりシャッターチャンスを優先した理由を、痛いくらい理解できているからこそ。
タカ君はカメラにフィルムを入れることを躊躇っている。
「撮ろうぜ」
「何度も言わせんな。やめたんだよ、もう」
「もっと色々教えてくれよ」
親父さんのこと抜きにしても、カメラ好きなんだろ。
だったら、その思いに蓋をしちゃ駄目だ。
「困ったことにオレ、文化祭で銀塩写真? を展示することになってさ」
「……撮れば良いじゃん。操作そのものはほとんど一緒だよ」
「無茶言うな。銀塩ってつまりフィルムだろ。入れ方から分かんないって。君とは逆にオレ、触ったことがない」
そんな驚いた貌するなよ。
生まれた時からデジカメ世代なんだぞオレらは。爺ちゃんが触ってるところも見た覚えがない。
「持ってないの?」
「いや。あるよ。爺ちゃんが遺してくれた。でもこのデジイチで精一杯で、まだそっちには手を出してないんだ」
「なのに展示する訳?」
「部の方針だから仕方ない。ほらうちの学校、写真部とカメラ部に分かれてるだろ? 展示が被っちゃうから、こっちはこっちなりのやり方で行くしかなかったんだ」
これは恐らく、顧問の門倉先生による謀略だ。
どちらかと言うとオレ察しがいい方。映画とかの読みはだいたい当たる。
タカ君を表舞台に引っ張り出すために、デジタル対フィルムのカメラ対決の場を用意したに違いない。
だとしたら話は早い。
「オレ、爺ちゃんの写真を再現したいんだ。力を貸してよ」
「んなこと——」
「部活動には助っ人システムが存在する。部員じゃなくても協力オッケーなんだぜ?」
『なんで』って、タカ君の唇が動いた。
声にならないその思い。そこはかとなく分かる。
だけどもう、君が動くのを待っているのには飽きたんだ。
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