04 カメラ好きには変人しかいない説
化学教師の仕事を片付けてから、顧問としての仕事が始まる。
門倉先生は、少し遅れてやってきた。
と時を同じくして、他の部員もぞろぞろと現れる。だいたい十人くらいか? 幽霊率どのくらいなのかな、思っていたより活発な感じ。
ただ、人がいきなり集まったお陰で、オレの好敵手と書いて『とも』についてそれ以上聞けなかった。
まあ……いいか。
本人の気付かないところで色々嗅ぎ回るのは、何か後ろめたい。
向こうはオレのこと何にも知らないんだし。
オレはあいつにどこ高校か訊かなかった。あいつはオレに親父さんのことを喋らなかった。知る必要も、教える義務もないことだ。
「広瀬君、こっち」
準備室の封印が解かれ、先生に預かってもらっていたカメラが解放される。
部員の皆さまに挨拶やら自己紹介やら入部動機の説明やらしていたら、門倉先生に準備室に手招きされた。
見るからにあやしい薬品が並ぶ薄暗い準備室に、あった。爺ちゃんのカメラバッグ。
三々五々自分の得物を手に活動を始めようとしていた部員も、オレのカメラに興味津々で集まってきた。
ひとつずつ取り出して、袋から出して、並べていく。デジタルカメラとフィルムカメラと、デジタルカメラ用のレンズ、それからマニュアルレンズ。
「いいね。ちゃんと撮る人って感じ」
部で一番詳しいらしい副部長が、爺ちゃんコレクションをひとつひとつ確認しながら、嬉しそうに言う。
部長も同意見って感じの表情。
「ちゃんと撮らない人もいるんすか?」
「いるよ。写真愛好家には二種類あってね。フォトグラファーとコレクター。ここにあるレンズは全て目的があって揃えられた、高性能のレンズで、どれも使い込んでいる。集めて眺めて自慢して悦に入るためのものじゃない。こういうの好きだな」
分かるような、分からないような。
確かに爺ちゃんは撮る人だった。形見のレンズも、集めたんじゃなくて必要に応じて集まった感じがする。
どれにしようかな、という感じで副部長の指が動き。
爺ちゃんコレクションの中で一番薄いレンズを選んで、慣れた手つきで付け換えた。
いまだレンズ交換はおっかなびっくりの俺と違って、初めて触るのに実にスマートに扱ってる。さすが副部長。
「まずはこいつを使い込んで、カメラに慣れよう」
「いきなり二十ミリって難しくない? 最初は標準ズームから始めた方が良いと思うけど」
「そんなつまらない写真が撮りたきゃスマートフォンで充分だろ。自分で撮る面白さを体験するなら多少ピーキーな方が良い。きっとハマるから」
部長と副部長の会話に付いていけていないのはオレだけだった。
「それって、どんな写真が撮れるんです?」
「んー?」
篠塚先輩は薄く笑いながら辺りを見渡し。
カメラの電源を入れて設定をかちゃかちゃ弄り。
化学室の後ろまで行き、薬品棚のガラス扉にぴたりと肩をくっつけて、一枚だけ撮って、戻って来た。
「こんな感じの写真」
「ほぇ」
変な声が出た。
再生モードに切り替えて見せてくれたのは、当然ながら、化学室の奥の薬品棚を斜めに撮った写真だ。
どう考えたって面白い被写体ではない。
だけど……思わず声が出てしまった。
奥行きがすごい。
深い。
何だこれ。面白い。
爺ちゃんはこういう写真を撮ってなかった。
形見のカメラとレンズ、秘めたポテンシャル半端ない。
「焦点距離とか画角とか、パースとか圧縮効果とか。そういう難しい話は、今は抜きにしよう。このレンズではこういう、迫力のある写真が撮れる。楽しそうだろ?」
首がもげそうなくらい頷いていた。
うん。うんうん。撮りたい。これ撮ってみたい。
絶対にスマホカメラでは撮れない写真だった。
薬品棚の奥行きが、手前と奥がボケていることも相まって、現実より強調されている。無難に明るくて全体的にピントの合った、誰が撮っても成功するスマホ写真とはまるきり違った。
敢えて狙って、暗く神秘的な演出を施している。
「じゃあ撮り方を教えるよ。っとその前に基礎を覚えてもらう」
「基礎すか」
「カメラを絞り優先モードにして開放。さっきみたいな写真の撮り方は、そんだけ知ってればいい。必要なのは『それがどういう意味か』をある程度理解できる知識だ」
ほえぇ……。
初対面でいきなりプロレス技をかけられていた残念イケメンが、実は本当に詳しくて頼れる先輩なのだと分かった。
ここからは部長副部長に顧問の化学教師も加えて三人がかりで、カメラの基礎の基礎『適正露出』について徹底的にレクチャーされた。
難しいけど、意外と分かりやすかったと思う。
「写真を撮るってね、問題を解いて答えを出すのとは違うの。答えは既に存在していて、それを出せる計算式を考える行為なの」
化学教師が言うには、明るさと時間のかけ算をするらしい。もちろん他の要素も沢山あるけど本当にざっくり言うと、適正露出——ちょうど良い光の量——という『答え』を導き出すのに最も必要な要素はその二つ。
明るい光を一瞬だけ、もしくは弱い光を長時間。どちらでもいい。十という答えを出すために、一かける十をしても五かける二を選んでもいい。それは撮る人間の個性であり、表現の違いとなる。
何なら敢えて十一や九にすることで、独自の世界を演出することさえできる。
部長が写真集をめくりながら実際の例を見せてくれた。
強い光で短時間で撮った写真は、止まる。弱い光で長時間かけて撮った写真は、流れる。写真家は撮りたいイメージを頭の中に膨らませ、かけ算の数式を微妙に調整しながら撮る。
一発で最適解が出ることは滅多になく、計算ミスをして失敗写真を撮り重ねながら、徐々に理想へ近付けていく。
どんなに計算しても、求めた答えが必ず得られるとは限らない。天候のように、コントロールできないものまで計算式に組み込む必要がある以上、完璧な写真なんてそうそう滅多に撮れない。
だからこそ、撮り続ける。
「……こうやってカメラ弄って撮るのが楽しいんだ。プログラム任せじゃ勿体ないよね」
肩をすくめる篠塚先輩。本当にカメラ好きなんだな。
「最近のカメラは性能が良すぎて、もう私達が頭を使うところは『何を撮るか』だけになっちゃってる。『どう撮るか』にこそ個性が出るのに」
柘植先輩の方は写真表現への関心が強い。副部長とはちょっと違う方向で、写真部ではなくカメラ部の人だ。
「光って……面白いよね」
そして門倉顧問は、理科オタクだった。
「広瀬君は、虫眼鏡で黒い紙を燃やしたことある? あれ神秘的だよねぇ。先生ね、子供の頃から凸レンズが大好きだったの! すごく不思議で、なんでかなーってずっと思ってて。レンズの向こう側にあるものが大きく見えて、手前の側には光が小さく一点に集まって、どうしてだろうって。それで先生、大学でちょっと専門的に勉強したんだけど——」
「門倉ちゃーん。おーい。新入部員ドン引きだぞー」
副部長からツッコミが入っても止まらない。
なるほど。カメラ部の顧問だ。
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