03 特殊部活へようこそ!

 ありのままを文字に起こしてみよう。

 火曜の放課後の化学室、カメラ部が活動するはずの場所において。


 美女が——

 男を——

 プロレス技でシメている——


 なんか頭が痛くなってきた。

 いや今日は火曜だし、ここ化学室だよな? ちゃんとそう書いてあるし、ちらっと見えた中の設備がモロ化学実験のためのものだった。

 B校舎の三階だろ? 隣の準備室にカメラを預けに来た記憶も真新しい。


 間違いないはずだ。

 ここはカメラ部で合っている。

 決してプロレス同好会とかではなく。


 つまり、どういうことかと言うと……。


「君が新入部員か!」

「ひっ!?」


 そっ閉じした扉が勢い良く開いて、さっき技をかけられていたイケメンがすんごい爽やかな笑顔で唐突に視界に飛び込んできた。

 びっくりした。まじでびっくりした。心臓が止まるかと——いや止まった。間違いなく。


「門倉ちゃんに聞いているよ。遠慮することはない、さあ入って入って。まだ他の部員は集まってないから、揃うまで中でゆっくりするといい」


 爽やか、かつ押しの強い笑顔で、ささっと俺の背後に回って後ろから両肩を両手で押してくれる。

 半ば強引に、化学室に連れ込まれてしまった。

 そこにはさっきの美女がいる。……華麗にコブラツイストをキメていたのが幻だったかのように、儚げで繊細で、華奢で背が高く、黒髪ロングストレートの横をすくって後頭部にリボンで結んだ髪型の正式名称を何と言うのか知らないが良く似合う、見るからにお嬢様って感じの。


「初めまして。三年二組の柘植つげ美紗都です。一応わたしが部長。よろしくね」


 清楚な笑顔でにこやかに挨拶をされた。

 いや本当に、さっきオレ、何を見たんだろう?


「それからそっちは——」

「三年一組、篠塚淳。副部長だよ。ちょっとお見苦しいところを見せてしまったね」

「ども。二の四の広瀬太一っす」


 あの光景は見間違いでも妄想でもなく、本当に彼らの『ちょっとお見苦しい部活動』だったのだろうか。

 なるほど特殊部活ってそういう。


 門倉先生の話だと内容がガチ理系っぽいし、女性の方が部長というのはちょっと意外。しかも怒るとプロレス技を仕掛けてくるのなら、これは逆らえないな。

 副部長がカメラに詳しいって言ってたから、柘植先輩の方が部長なのは力関係のせいだな。序列はフィジカルの強さで決まると。


「それで広瀬君は、形見のカメラを使いこなせるようになりたいという話だったね」

「はい」


 そこまで知られているならもう逃げ道はないな。覚悟を決める。


「見せてくれる?」

「全部門倉先生に預けてます」

「そっかー。準備室は施錠してあるから、先生が来るまでちょっと待ちましょう」


 部長が穏やかに微笑む。

 さっきのあれが幻だったかのように。


 いや現実だよな、やっぱり。


「とりあえず説明だけでも、って、特に何も言っておくことはないかな。うちはカメラ部、写真部とは違ってカメラそのものを扱うことを主体としている。それだけ」


 二人に促されるまま手前の椅子をひとつ引く。四人掛けの大机の、横に篠塚先輩、向かいに柘植先輩。

 部長は美人だし副部長は長身イケメンだし、二人とも穏やかで優しそうだ。どっちが本当の二人の姿なんだろう。


「はーい質問。なんで部が二つに分かれてるんです?」

「気になるよねーそれ」


 びっと挙手して質問を挟むと、副部長がもっともな疑問だとばかり苦笑する。

 答えてくれたのは、部長。


「ちょっと前に分裂したんだって。昔はカメラって難しいもので、撮るのに知識が必要だったけど、今はとても簡単で、身近になったでしょ? そうすると、気軽に撮って楽しみたい部員ともっと技術を追求したい部員との間に差ができてしまって」


 自然と頷いていた。良く分かる。

 前者は美術教師が顧問を務める写真部で、キャッキャウフフと写真を撮り。

 後者は化学教師と共に皆で撮影技術を研鑽する、ここカメラ部だ。

 もちろんオレが入りたかったのは後者で間違いない。


 カメラについて何も知らなくたって、タップひとつでばえーな写真が撮れる時代。『写真を撮りたい』という言葉の解釈が違う者同士、別行動するのがお互いのためだったんだろう。


「ところで広瀬君、君はどうして、写真部じゃなくてカメラ部を希望するのかな。……いや難しい機材を譲り受けたからってのは承知の上だけど、それを極めたくなったきっかけがあるのかなって」


 イケメンがイケメンぽく頬杖をついた。無駄にキザだけど似合ってる。

 篠塚先輩、自分が容姿に恵まれていることをちゃんと理解している感じがする。


「爺ちゃんの形見が難しいカメラだったっていう、ホントそれだけっす。カメラに残ってた写真、すげー綺麗なのに、自分でやってみても全然ダメで。失敗どころか、撮れすらしなくて」

「まあ最初から本格的な道具は、戸惑うよね」


 その通りですおおいに戸惑いました。

 だって爺ちゃんのカメラとレンズ、組み合わせによっちゃピントすら合わないんだもん。

 オレが学びたいのは、SNSでバズる秘訣ではない。あの複雑な爺ちゃんのカメラを使いこなし、太陽系の動向をすら把握して、良い写真を撮る方法だ。

 それができる証拠なら、爺ちゃんがメモリーカードの中にたくさん遺してくれている。オレにだって再現できるはずなんだ。


「それで諦めなかったの、凄いわね。普通は投げ出すもの、撮れすらしないカメラなんて」

「いやー、だって実際に爺ちゃんが撮ってたカメラですもん。オレが何も知らないだけで、カメラのせいじゃないでしょ?」

「……そう。本当にその通り」


 部長が何か、すごく嬉しそうだった。

 もしかしてカメラ部の序列、プロレスじゃなくてカメラ愛で決まってる?


「それに、たまたま同世代の、超格好良いカメラ持ってて超詳しい奴に会って、なんか憧れたんす」


 急に、篠塚先輩の顔が引き締まった。


「……もしかしてプロ仕様のオールドカメラに玉デカ広角付けた、俺くらいの身長で細くて天パ眼鏡の、ぽーっとした感じの子?」

「言い方。大きなレンズのことね」

「カメラの詳しいことは分からないけど、見た目はそんな感じっすね」


 部長と副部長が視線を交わした。


「鷹栖だな」

「鷹栖君ね」


 そして同時に言う。


「あれ? あいつ、もしかしてうちの学校の生徒なんすか? どっちの部?」

「どっちでもないわ。両方とも勧誘してたんだけど、両方興味がないってはっきり言われちゃった」


 ああ、まあ、確かに奴ならそんなこと言いそうだ。


「賑やかなのが苦手なのかなって最初は思ったけど、そもそもの立ち位置が、どちらの部とも違いすぎるのよね」

「じゃあオレ誘ってみます。マジックアワーハンター仲間なんで。何年何組すか?」


 もう一度、部長と副部長が視線を交わした。さらに険しい表情で。

 それからゆっくりと、言いにくそうに、柘植先輩が口を開く。


「彼のお父さんは有名な写真家だったんだけど、この夏に、撮影中の事故で亡くなったの。それで……彼、二学期から学校に来てないのよ」

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