第2話 オトケシ

 通学路の外れには公園がある。放課後、何か用事がある時は太郎、次郎とここで待ち合わせをする。

「ということで、早見美夜ちゃんもオカルトクラブに入ることになりました!

 今回は美夜を紹介するのが目的だった。二人は彼女とクラスが違うので、これが初対面である。

「出てきていいよー!」

 と言うと、ドーム型の遊具に隠れていた美夜が、ゆっくりと二人の前に現れた。

「よろしくお願いします……早見美夜です」

 少しだけ照れくさそうに顔を横に逸らす。わずかに頬を膨らましているのが、妙にかわいらしい。太郎と次郎もそのしぐさに見とれていた。

「そんな硬くならなくていいよ。僕たちも同級生なんだし」

 目線を一瞬だけこちらに向けた後、次郎は美夜に愛想よく返事をする。

「分かった。気軽に話すね」

 本当に気軽な話し方に変わる。二言目からはタメ口で話すのが、美夜なりに距離を縮める方法なのかもしれない。

「僕たちも自己紹介しなくちゃね。僕は山田次郎。でこっちが中田太郎、覚えにくいかもだけど、目つきのいいほうが次郎って覚えてもらえればいいかな」

 字面が似ているせいか、二人はよく名前を間違われるらしい。太郎はガタイが良くスポーツ万能、次郎はメガメをかけていて成績上位、と美夜には事前に説明しておいた。それでも、まだピンと来ていない様子だった。

「あと、太郎はちょっと口が悪い所あるけど、気にしなくていいよ!」

 大事なことを言い忘れていたので、付け加える。

「分かった。気にしない」

「オイオイ……、俺の紹介おかしいだろ。ったく……」

 早速わかりやすく目をとがらせ、悪態をついた。

 悪いやつではないのは知っているし、頭も良い。だが、口調の強さや態度の大きさのせいで、ほとんどの人に悪い第一印象を与えてしまっている。

「それを言うなら、花の妄想癖にも真に受けるなよ。話半分で聞いて、ちゃんと自分の意見を確立させておくといい」

「うん、話半分で聞く」

 またも美夜は素直に答える。敬遠してしまわないか心配だったが、この様子なら問題なさそうだ。

「ははっ、すごい素直だ。美夜はいい子だね」

 人間関係の問題もなさそうだ。これならきっと、オカルトクラブ第四のメンバーとして活躍してくれるに違いない。

 花子はそう信じて疑わなかった。




 このまま歓迎会までしたかったが、引っ越ししたてで忙しいらしいので、今日は解散することになった。美夜はこの土地のことをまだよく覚えていないため、学校までの道を一緒に戻ることにした。

「帰り道は、いつもあの公園にいるの?」

 大通りの信号を待っている最中、美夜が尋ねる。

「毎日じゃないけど、集まれー! って言ったらその日に集まる。で、だいたい集めた日には怪現象について色々語ったり調べたりする感じ」

 興味津々で聞いてくれている。息を深く吸った後、話を続けた。

「集合をかけるのはだいたい私かな。誰がかけてもいいんだけどさ。美夜は、何か面白いオカルト話ある?」

 美夜を誘った一番の理由はこれである。私以外を起点に話を盛り上げたい。太郎や次郎の場合、またに集合を掛けたかと思うと、一緒にテスト勉強をしようだの、休日遊園地にいこうだの、くだらないことしか話さない。

 でも美夜なら、美夜ならきっと私を興奮させる話を持っているはず。確証はないが、そんな気がして仕方なかった。

「……オトケシって知ってる?」

 美夜はわずかに首をかしげながら、聞き覚えのない単語を発した。

「えっ……ごめん。初耳」

 表面上は謝ったが、内心は膨れ上がるほどに嬉しかった。

「謝らなくていいよ。知らないのが普通だもん」

 ここで信号が青になり、美夜はアイコンタクトも取らずに歩き出す。既に学校までの道を覚えているのだろうか。いつの間に自分たちが美夜に付いていくようになってしまった。

「オトケシっていうのはね、人間を襲う化け物のこと。その人が独りになっている時を狙ってね、食べちゃうんだ」

 まるで機械のように、淡々と素っ気なく話し続ける。これまでも多少不思議な雰囲気はあったものの、人としての活気が全くない子ではない。

 話の内容そのものより、美夜の急激な変化が気味悪かった。

「で、オトケシが人を襲う時は一切の音が消えちゃうの。だから叫んで助けも呼べない」

「へぇ……そりゃすごい。そのオトケシに弱点とか、逃げる方法はあるのか?」

 太郎の反応はまるで言質を取るかのようだ。特に気味悪がっている様子はない。

「ないよ。オトケシが襲ってきて逃げられた人もいない。二人以上で居て、襲われないようにするしかない」

 美夜は横を一切見ず、ずっと正面を向いて歩き続ける。

「その人が気付いてなくても、誰かが見てたらダメ。監視カメラとかがあってもダメ。用心深いんだよね、オトケシって」

 学校前まで着き、やっと足を止めたかと思うと、懐から新聞を取り出した。

「……これはね、最近オトケシが起こした事件」

「この事件は……!」

 新聞記事に映っていた顔を見て、すぐにピンと来た。数日前に起きた事件だ。

 私と同じ年の少女が一人で留守番をしていた最中、こつぜんと姿を消してしまったという。恐ろしいのは、家が密室だったという点だ。全ての出入口は鍵がかかっていて、荒らされた様子もない。密室殺人ならぬ、密室の行方不明事件。犯人の目的も一切不明。あまりにも情報がないせいか、メディアでもほとんど報道されていなかった。

「花は知ってるの?」

 次郎は眉間にしわを寄せて不思議がっていた。

「当たり前よ。だてにオカルト同好会設立させてないわ」

 逆に知らない方があり得ない。オカルトクラブのくせにアンテナを張らなすぎである。

「オトケシがやった証拠なんて、この先出るわけないから、未解明のまま終わっちゃうんだろうけどね」

 まるで全てを知っているかのようである。出ないと言い切られると、背中がゾワゾワする。

「他にも集団で行方不明になったニュースがあったでしょ。あれもオトケシなの。一人ずつ襲われて、最後に全員食べられちゃったの」

 美夜はまた別の新聞記事を出した。

 これも知っている。山にキャンプにいった大学生たちが消失したというニュースだ。こちらはただの遭難事故だったと思っていたので、特に注目はしていなかったが、オトケシの仕業と言われるだけでなんだかゾっとする。

「…………」

 しばらく美夜は黙り込む。新聞記事まで出されると、太郎も十分気味悪く思っているようで、額に汗をにじませている。次郎は言わずもがな、顔を青くさせていた。

 進むことも、戻ることもない。通行人の何人かは私たちを二度見するが、話しかけることはない。四人だけの空間ができ、時間が止まっているようだった。

「中々、面白い話だったわ……」

 このままでは埒が明かない。時計の針を強引に動かすつもりで、口を開いてみた。

「良かった。学校から家の道のりなら分かるから、また明日ね!」

 美夜は、私の好きな美夜に戻った。




 美夜と別れた後、三人は改めて公園に集合した。

「どう思う? 美夜の話」

 太郎と次郎はどう受け止めたのか。表情を見れば半分は想像付くが、口頭で感想が聞きたかった。

「どうと言われたら……ウソだろう。あれはただの作り話だ」

 得意げな顔で、太郎は答えた。

「怖い話の初歩的なミスをしている。話を広めた人間は誰か、という点だ。ご丁寧に化け物と出会って逃げ切れた人間がいないとまで言っていた。自分の考えた最強のモンスターをひけらかそうとしたんだな、きっと」

「それは……確かに」

 太郎が最初から疑いの目で見ているのはいつものことだ。しかし、確実にウソと言い切ったのは初めてかもしれない。話を聞いている最中は神妙な顔をしていたはずなので、公園までの移動中に結論づけたのだろう。

「どうした? あの子が化け物の被害者で、幽霊だったとでも言う気か?」

 よっぽど自分の推理に自身があるようで、鼻の穴を膨らませている。

「うぅ……そんなことは言えないけど……」

 矛盾点について反論はない。だが、その矛盾をただのウソで片づけてはいけない気がした。なぜ、オトケシの話をしている間だけ、人が変わったようになってしまったのか。そこがどうしても引っ掛かる。

「でもなんか、こう……、話してる時の雰囲気がさぁ……」

「う~ん、怖かったねぇ。怪談師の才能があったよ」

 そういう話し方をしているだけ、と次郎は捉えているらしい。太郎も多分同じだろう。

「でも新聞記事までわざわざ持って来るのは、悪趣味って思ったかな」

「ねぇ、新聞記事を持ってたのっておかしくない? 私が話を振らなきゃ見せることもなかっただろうし」

 美夜の話が気味悪く感じた原因が、一つ分かった気がした。こっちから振ったのにも関わらず、用意周到だった点だ。

「そこは俺も引っかかった……まぁそれだけ承認欲求が強いということなんだろう」

 太郎は自分の意見を曲げる気は少しもなさそうだった。

「そうなのかなぁ……」

 疑問が残る。承認欲求が強いなら、今日の間でもっと話す機会があったはずだ。

 だが、この感情に論理的な理屈は備わっていない。過去の例で言っても、こういう場合はだいたい太郎が正しい。釈然とはしないが、やっぱりオトケシは嘘なのだろうか。

「だいたい話の真偽はどうでもいい。それよりウソを付くような女を仲間に入れるべきか議論したい。ちなみに俺は反対のつもりだ」

「う~ん、じゃあ、僕も反対かな。今のままでも楽しいし、四人だとバランス崩れそうっていうか……」

 二人とも、オトケシの話を通して随分と印象を悪くしてしまったらしい。

「私は……」

 すぐに答えが出なかった。確かにウソを付く人間は入れたくないし、これまでの太郎や次郎との関係にヒビを入れるのも嫌だ。

「私は一緒にいたい」

 それでも、美夜をのけ者にはどうしてもできなかった。

「ウソでもいいよ。私が面白い話ある? って聞いたせいで嘘を付かざるを得なくなったのかもしれないし」

 良い顔をしていない太郎と次郎を説得するため、精一杯のフォローを入れる。自分が

 悪いと主張すれば二人も強くは言えないはずだ。

「それに……たとえ話がウソでも、オカルトに興味持ってくれる友達なんてそうそうできないでしょ?」

 たった一日とはいえ、密度の濃い時間をともに過ごした仲だ。オカルトの話題を出すと、しっかりとその知識を持っていて、一緒に盛り上がってくれる。美夜との関係はできる限り深めていきたい。

 花子の一存で、美夜の居場所は守られた。

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