第15話 三枚の報告書
*
イブキとエレンの二人は天門台の最上階にある支部長室に移動し、部屋の応接用のソファに座った。
外から見える広大な景色も部屋の綺麗な内装を見て普通なら心を奪われるのだが、今の彼女達にはその余裕は無かった。
イブキは眼を細めながらエレンを見つめている。親友の言ったあの言葉、その真相を聴かなければ。
「それで、ハトに一体何が?」
「まず結論から言うと彼女はハトでは無い」
「ハトじゃ無い……?」
「ああ これを読んでくれ」
エレンは三枚のA4紙をテーブルの上に置いた。
そのうちの二枚が報告書、一枚は何かの写真だった。
一枚目の報告書にはこう書かれいる。
ハトが回収された時点では命の危険のある状態だったのにも関わらず、治療する間も無くその傷が再生したこと。意識はまだ回復していないが、その自然治癒速度は異常である。なので研究課で検査を願う。と言った内容が綴られていた。
「…………」
ごくりと息を呑む。あの時の冷たさ、真っ白な顔色、弱まる鼓動の音。彼女が最後に見たときのハトの状態は間違いなく死体のようだったのだ。しかし先程収容区画で見たときは異常な程に健康な状態に見えた。
まさかと思いながらもイブキはもう一枚の報告書を手に取る。それは研究課からの報告書だった。
研究課はハトに対して脳波検査、精神検査、星体反応検査の三つの検査を実施した。
脳波検査では脳波の異常は特に感じられなかった。
精神検査では潜在意識の大きな異常が見られた。担当した研究者は『まるで二人の人間がいるようだ』と語っていたという。
星体反応検査で彼女の体内からホシの反応が見られた。それも『
「嘘だ!」
何で彼女の体内からあの十芒星の反応が出たのか。
ありえない、嘘だ、これは悪い夢。そう否定しようとしても震える手と冷や汗が彼女を現実へ引き戻して来る。
「気持ちはわかるが落ち着け。続きがまだある」
「…………はい」
エレンに諭され報告書に眼を戻す。
研究課はこうなった原因をこのように予想した。
現場での状況を加味して『ハトは金色の十芒星に精神を寄生もしくは侵食されたのではないか』と。
金色の十芒星は他者の精神に干渉する力を持っている。万が一自身が倒された場合に備えて他者の精神に寄生する能力を持っていても何ら不思議ではないと。
そして報告書の最後にはこう結論付けてある。
「精神を寄生された
『処分』。つまるところハトを殺すかどうかだ。
報告書を読み終え、イブキはそこに綴られた人物に目を向けた。
「エレン支部長?」
「そういう事だ。研究課も厄介なことを押し付けたものだな」
エレンは自嘲するように笑う。そう、ハトの命は彼女の胸先三寸で決まるのも同然だったのだ。
「ハトを どうするんですか?」
「わからない。何せ初めてだからな、ホシに精神を寄生された人間は」
エレンは唐突に他者の命の判断を任されたのだ。その苦労は計り知れないだろう。
彼女は疲れたようにソファにもたれ込んだ。
「悪いね 少し楽にさせてもらうよ」
「……はい」
「この問題を判断するに当たって他の課の主任に処分するべきかどうか聞いてみた。工廠課と戦闘課は『精神を寄生したホシは危険な存在だ。処分しろ』と言っていて、研究課と戦術課は『貴重なサンプルだ。処分するには惜しい』と言っていた。意見が完全に割れてしまった」
おそらく他の課から様々なことを言われたのだろう。天井を仰ぎながら語る姿はどこか哀愁が漂っていた。
「そこで君の意見を聴いてみたくてハトの下に連れて行ったのだが。まさか意識の戻らなかった彼女が君を見て眼を覚ますとは思わなかった」
「それは………………」
「わかってる、君や彼女には何ら責任は無い。悪いのはこうして君に選択を押し付けようとしていた私だ」
そう言って最後の一枚。写真を手に取り私に見せる。
そこには大きな輝きに包まれた小さな白い光の画像が写っていた。
「これは……」
「精神検査で確認された潜在意識の内容を画像にしたものだ。そして、これが私の判断を迷わせている一番の理由だ」
イブキには写真に写っている物の正体が直感で理解した。
淡く小さな希望の残滓というものを理解してしまった。
「…………生きているのですか?」
「あぁ、精神の大部分は金色の十芒星に侵食されていたがほんの一部、微弱だが彼女の精神が残っていた。……さて」
語ることは全て話したと言うようにエレンはゆっくりとソファから立ち上がり支部長室のドアへ向かう。
「幸か不幸か彼女が眼を覚ました事で処分するかどうか、しばらくの猶予ができた。その間だけ君の収容区画への立ち入りを許可しておく」
「ありがとうございます」
そうしてエレンは支部長室から出て行った。
一人部屋に残ったイブキは無言でテーブルに置いてある写真を見つめている。
「………………」
覚悟をしておけ。
支部長はそう言いたかったのだろう。ハトとの別れを。
あの人も酷なことをするものだ。思わず苦笑いをしながら立ち上がりその場所へ向かうのだった。
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