第9話 金色の十芒星①

    *


 寂れた劇場の中、三人は慎重な足取りで進んでいく。

 砂埃が舞うボロボロになった受付、辺りには崩れた壁が道端にこぼれ落ちていた。


「このまま奥まで行こう」


 三人は警戒した足取りで歩を進める。


 受付ロビーを通り、お客さんを集めて案内をするであろう広い空間。細い通路を進んだ先に、豪華な赤い劇場ドアが見えた。おそらくこの奥が劇場のステージだろう。


 そうしてドアを開けようとした時、ふと耳に違和感を覚えた。


「何か聞こえない?」

「これって……歌?」


 それは劇場ドアの先から聞こえてきた。防音性のある場所故に上手く聞き取れないが、それが歌だということは理解できた。


 誰もいない劇場で聞こえる歌。一層警戒を強めながらイブキはドアの取手に手を置く。


 そして勢いよく開けながら芒炎鏡ぼうえんきょうの銃口を舞台の方へ向けた。


「え…………?」


 それは劇場と言うにはあまりにも寂しかった。観客席の座席は大半が壊れて広場のようになっており、舞台は塗装が剥がれ煤けていた。舞台を彩る群青色のカーテンはところどころが破れておりその奥が黄色く光っているように見えてしまう。


 そんな真っ暗な劇場の舞台の上、群青色のカーテンを背景に輝く小さな金色のホシがそこにいた。


『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』


 それは世界中で歌われている歌。


 みんなで笑い合って、手を繋ぐ。そんな理想の平和を願う『小さな世界』を謳った歌を目の前にいるソレは歌っていた。


 メロディが無い孤独の独唱ソロ。その歌声からはどこか寂しさと悲しさが滲んでいる。


『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』


 金色の十芒星が小さな子供のように拙い歌声を奏でていた。


 暗い暗い舞台の上 そこでふわりふわりと浮遊し歌う姿はまるで夜空を照らす月のように見えた。


 イブキにとっては本や映画でしか見たことがない光景。ふと見えてしまった夜の姿に感情を忘れてしまうほどに釘付けになってしまう。


 そんな時 イブキの隣を誰かが通り過ぎた。


「あぁ 綺麗なおホシ様……」

「メイア?」


 メイアがゆっくりとした足取りで歌っている十芒星に向かって歩いていたのだ。


 うつろな眼差しを見せながら歩く姿はまるで誘蛾灯に吸い寄せられる虫のように見えた。


「メイア!」

「メイちゃんしっかり!」

「あ……! え?」


 メイアの肩を掴み引き止めると彼女はハッと目を見開きキョロキョロと辺りを見回した。


「一体何があったのぉ?」

「これがあのホシの能力なのね」

 

『金色のホシには他者の精神に干渉する力がある』


 ブリーフィングの際、エレン支部長の言った言葉を思い出す。


 確かにさっきのメイアの姿は精神を操られたように見えた。


 恐ろしい能力。しかし声をかけただけで解かれたのを見るとまだその力は不十分のようだ。


 故にここであの金色のホシを倒さなければならない。更なる被害者を出さないためにも。


『♪〜♪〜♪〜♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪♪〜♪〜』


 イブキは未だに歌い続けているホシへ目を向ける。


 その眼に復讐の狂気は無い。ただ早く倒さなければいけないという使命が帯びているのみだ。


「二人とも 行くよ」

「オッケー」

「サポートは任せてぇ、さっきみたいにはならないわぁ」


 そうして互いに頷き合うと、イブキは金色のホシの真正面の通路。ハトは入口の前。メイアはイブキの真後ろ、それぞれの戦うのにベストな場所に移動した。


 劇場で浮かぶホシは未だに歌い続けており彼女達に気がつく様子はない。


 場は整った。ゆっくりと芒炎鏡ぼうえんきょうのトリガーに指をかけ、銃口をホシに向ける。


「始めるよ」


 乾いた音が三発 劇場にこだました。


 放たれた三発のオレンジ色のレーザーはホシに命中。少しだけホシの身体が揺れる。


 しかし三発とも命中したのにその身体には傷一つ付かなかった。イブキは内心で舌打ちしながら背中に背負った箱に手をかける。


天太てんたい芒炎鏡ぼうえんきょう 起動」


 芒炎鏡を撃たれたホシはゆっくりと振り返り真正面に立っているイブキを見下ろす。そしてかき消えそう小さな声で語りかけた。


far……… Mo……… ………e are youるの…………』


 嗚咽おえつのような声。


 頭に響くその声はまるでオペラの悲劇のように儚い。


 しかしその言葉の意味はわからない。いや、理解する必要は無い。だってこいつはから、倒すから。


 イブキは無言で天太てんたい芒炎鏡をぼうえんきょう構えホシを見上げた。


 一方のホシは駄々をこねる子供のようにむせび泣き始めた。泣き声は段々と大きくなり、その声と呼応するように劇場の舞台が揺れている。


『A…………A…………Arghhhhhhhhhhh!!』


 そして割れんばかりの大声歓声を上げながら金色の身体を照らし出すと、シャーという音と共に群青色のカーテンが勢いよく開け放たれ舞台の照明が照らされた。


 露になる劇場の舞台。さあ楽しい楽しい童話の幕開けだ。


 舞台の上はボロボロのセットで作られた夜の森景色。


 そこに立つのは数多の妖精達だ。

 羽根の生えたピクシーに緑色の肌のゴブリン。湖に浮かぶ人魚姫、森のお姫様とトナカイ。


『遊ぼう! 遊ぼう!』

『歌おう! 歌おう!』


 光を纏った妖精達は皆笑顔を浮かべながら、この広い劇場を闊歩する。


 そこはまさしく楽園の世界。森に生きる者達が毎日楽しく遊び、大きな声で歌う妖精達の理想郷。


「なに……これ?」


 しかし悪い人間が妖精達の理想郷を荒らしにやって来た。森を壊しにやって来た。


 悪い人間は手に大きな剣を持って森の木を切るつもりだ。


『守ろう! 守ろう!』

『倒そう! 倒そう!』


 そうして森を守るために妖精達は悪い人間に襲いかかるのでした。


『遊ぼう! 遊ぼう!』

『歌おう! 歌おう!』

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