第1話 二人の少女

    *


 ここは某所にある『天門台てんもんだい・ニホン支部』。世界を守るためにニホン中から集められた者達が駐留する防衛の最前線とも言える場所だ。


「コードI イブキ、帰還しました」


 白く染められた壁の部屋で一人の少女が右手を頭に当て敬礼の体勢で立っていた。


 彼女の名前は『イブキ』。天門台てんもんだいに所属する一人の兵士だ。


 帰還の報告を受け、彼女の目の前にいる椅子に座った女性が立ち上がった。


「ご苦労 コードI 急な出撃だったがよくぞ任務を達成してくれた」


 立ち上がった女性は純白のコートを靡かなびせながらイブキに敬礼を返した。


 彼女の名前は『エレン』。この天門台てんもんだい・ニホン支部の支部長に当たる人物だ。


 敬礼を解いたエレンは凛々しい表情のまま、イブキに語りかける。


「明日は大事な作戦だ 万全な状態で挑めるようしっかりと休むように」

「はい!」


 部屋を後にしたイブキは長い黒髪を揺らしながら足早に居住区にある自身の部屋に向かった。


 そして長い廊下を歩き部屋に入ると、唐突に目の前が真っ暗になり


「だ〜れだ〜!」


 という馴染み深い親友の声が両耳を響かせた。

 イブキはハハハと小さく笑いながら顔を覆う手に触った。


「もうびっくりさせないでよ〜 ハトちゃん」

「イヒヒ だってイブちゃんがかわいいんだもん!」


 視界が開けると彼女の目の前には彼女の頭一つ分小さな桜色の髪をした女の子が屈託のない笑顔を向けていた。

 

「ハトちゃんの任務はもう終わったの?」

「うんバッチリ わたしの力で一網打尽サ!」


 部屋の椅子に座りながら二人の少女は笑いながら話し合っている。


 彼女の名前は『ハト』。この天門台てんもんだいに所属する兵士の一人でありイブキとは幼馴染であり、イブちゃん、ハトちゃんとあだ名で呼び合う親友だ。


 彼女はイタズラ好きの女の子でイブキに対していつも目を隠したり、彼女の苦手なピーマンを食べさせたりなどというイタズラをしている。


「イブちゃんはどうだった? 結構強い相手だったのよね」

「私も少し苦戦したけど問題無く終わったよ」


 イブキは微笑みながら答えた。


 ホシに対抗するための部隊は主に二つ存在する。

 一つはハトが所属する、侵攻してくるホシに対して街を守る『防衛部隊』。


 そして上位のホシが根城にしている場所へ攻め込み倒す『討伐部隊』の二つだ。イブキが所属しているのがこの討伐部隊だ。


「あのキャンディストアの新作食べたんだ」

「私も食べたかったのにー!」

「アハハ! 今度一緒に食べに行こうネ!」


 年相応の雑談に花を咲かせるイブキとハト。ここだけ見ると戦いの日常が嘘のようだ。


 そうしていると話題は次の作戦へ入り始めた。


「そういえば………… もうすぐあの作戦なんだよね」

「うん もうすぐ…… だよ」

 

 『あの作戦』、その言葉に少女達の顔色が険しくなる。


 それは彼女達がこの天門台に入隊するきっかけにも起因する。


「ようやくお母さん達の仇が取れるんだ」

「イブちゃん…………」


 憎しみ。イブキの表情が暗い憎しみの感情が浮き出て来る。


 この憎しみを説明するには彼女の過去を語らねばならない。


 イブキは天門台てんもんだいに入る前はごく普通の一般家庭に生まれた。


 厳しい父親に優しい母親、そして親友であるハト。そんなどこにでもありそうな幸せを享受きょうじゅする……はずだった。


 彼女が10歳の時、ホシの軍勢が彼女達の住む街にその矛先を向けたのだ。


 対抗手段の無かった街は壊滅、両親はホシの攻撃からイブキを庇い目の前で息絶えてしまった。

 そして彼女は目撃する。両親を殺した存在の姿を。


 『金色に輝く十芒のホシ』 それが彼女が生まれて初めて憎しみを持った相手だ。


 両親を亡くした彼女は国に引き取られた後、『芒炎鏡ぼうえんきょう』の適正者と判断された彼女は親友と共に天門台てんもんだいへと入隊した。


 それから5年が経ち 彼女の両親を殺したホシの目撃情報が確認され、明日ついにそのホシの討伐作戦が開始されるのだ。


「お母さんとお父さんを殺したあのホシ、アイツだけは何がなんでも殺してやる…………」


 彼女の底知れぬ怨念が尽きることはない。金色のホシを倒すまでは。


 その様子を親友は憐憫れんびん、あるいは不安の眼差しを向けている。


「イブちゃん…… あまり自分を追い詰めないでね」

「…………うん 大丈夫だよ」


 力のこもった声 しかしその心の危うさを生まれた時から一緒だった親友は見逃さない。


「大丈夫じゃないよ…… イブちゃんすごく辛そうだよ」

「でも…………」

「でもじゃないよ」


 ハトは立ち上がると座る彼女の背後に移動し後ろから抱きついた。


 首元の暖かい感触と同時にか細い呼吸が耳元で木霊する。


「わたしね…… 明日の作戦の参加を志願したんだ」

「え……」


 その告白に思わず振り返った。そこには親友の涙混りに細めた瞳があった


「わたしだってね あのホシを倒してやりたいんだ それに………… イブちゃんを一人にしたくない」

「ハトちゃん…………」


 そう、ハトもまた金色のホシに家族を殺された者の一人なのだ。


 生まれた時から常に一緒にいた親友の言葉はイブキの心にちくりと小さな針を突き立てた。


 確信する。彼女も私と同じだったのか。笑顔の裏に隠しきれない悲しみを背負っているか。と。


「一緒にあのホシを倒そう そしてみんなに報告するんだ 『仇は取ったよ』って」

「うん」

「でも…… 今はイブちゃんとこうしてたい」

「私も…………」


 そう返すとイブキもハトの方へ向き抱きついた。

 これは死地に向かう戦士が後悔しないようにするための儀式。


 そして、怨敵おんてきを倒すという二人の決意の確認でもあった。


 そうして時間を忘れてしまうぐらい この狭い部屋で二人っきりの時間を深め合った。

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