参の9

 次いで、モニターに映る一隻の巡視船。猛然とした速度で追ってきている。

 画面右上の数字によると、距離はもう一キロも離れてはいない。それに対し、遊佐の操る揚陸艇は巡視船の側面を取るように懸命に舵を切っていた。

 手筈通りの動き──。左吉はメインカメラでその姿を捉えつつ、左レバー上のカバーを上げ、スイッチにそっと指を乗せる。あとは安全装置を外す作業をするだけ。……とはいえ、弾道計算の殆どが『自動制御』というシステムを採用しているらしく、自分の仕事は照準が合うと同時に発射スイッチを押すだけだった。

 だが、波が激しく乱高下する船艇に対し、なかなか主砲の照準が定まらない。メインモニターでは、ターゲットを示す赤い点滅が続いていたが、緑色になるまでは撃つなとのこと……。しかし敵はすぐそこまで迫ってきている。これなら、さっさと撃ったほうが早いと思えるほど、まどろっこいしい仕様だった。

 その間にも、米帝のタイソンが一気に距離を詰めてきている。

 猛追と言わんばかりの勢いで近づき、デカい警戒音を掻き鳴らして停船命令を発してきたのだ。巡視船の甲板では乗船用の小型ボートが用意され、特殊部隊らしき海兵隊の姿も散見されている。これも予測していた通り、武力での直接占拠で乗っ取るつもりなのだろう。 

 一体、米帝に何の権限があるのか。魔女とは日本政府を通してそれなりの取り決めや、ある程度の規定を結んでいるはず……。それを、いきなり反故ほごにしてきたのだ。当然、此方もそんな越権行為に応じるつもりはない。即座に応戦するために舵を切り、急旋回して更に速度を上げたのだった。

 流石に辛抱ならず、左吉は指示を乞う。

 ──『カカ、もう撃ってもいいかっ?』

 ──《いや、待て。搭載してる演算機が正確な弾道を割り出している》

 ──『でも、そろそろ不味いって!』

 ──《せっかちな奴だな。少しは待てんのか》

 ──『ちょっ! それどころじゃ……』

 と、その刹那、複数の鈍い金属音が一斉に木霊する。小刻みに揺れる船艇。

 幸い、爆発音はらしきものはない。だが、何発か被弾したのか衝撃が軽く伝わる。うち一発は戦車上部にもかすったのか、厚い装甲が銃弾を跳ね返す。どうやら向こうも本気で捕りに来ているようだ。加えて、戦いとは常に先手必勝……。ついに、タイソンがしびれを切らして機関銃を撃ってきたのだった。

 無線機から《きゃあっ!》と、遊佐の声が木霊すると同時に、九十九が巡視船を目掛けて反射的に応戦する。響き渡る機銃の掃射音、連続して発射される銃弾によって巡視船も透かさず進路を変える。しかし、対して揚陸艇の機銃は豆鉄砲のようなもの。所詮は単なる威嚇射撃に過ぎなかった。

 息を切らせて、ようやくブリッジに辿り着いた長臣が二人の安否を確認する。

「大丈夫かっ。怪我はないかっ!」

 遊佐がややしんどそうに答える。「だ、大丈夫や。うちなら、いけるよ」

「良し、無事だなっ! 引き続き操舵を頼むっ!」

 と、巡視船を睨みつつ、長臣は近くの自動小銃を手にして具合を確かめる。

 焼石に水だが、こんな銃でも無いよりはマシだ。続いて、九十九に目を向ければ、大きな咆哮を上げながら嬉々として機銃を撃ちまくっているではないか。額から若干の血を流しているがすこぶる元気そうだ。

 そんな安堵も束の間、次は機関砲の弾を装填してる気配がある。

 ただ、いまの銃撃で大方の距離感は掴まれたはず。次こそは、確実に足止めできるような攻撃を仕掛けてくるだろう。あとは頼みの綱である機動戦車だが、自然に漏れてくる無線機の会話から、かなり難儀しているようだった。

 ──『カカ、だめだっ! 揺れが激しくて照準が全然合わないっ!』

 ──《そう焦るな、焦るな。いま調整やってるっ!》

 ──『なら早くっ! また撃ってくるぞっ!』

 ──《はいよっ、補正を入れたぞ》

 と、カカが片手間でコードを入力してキーボードを叩く。

 即時、斜角修正されてゆく画面に合わせて、左吉は機動戦車の砲塔を動かして再度巡視船に照準を定める。狙うは連結される機関部とスクリュープロペラの継ぎ目だ。ここを破壊することで、船の内燃機関を止められるはず──。

 メインカメラがその目標を捉え、瞬く間にコンピューターが弾道計算を弾き出した。仕組みは兎も角として、弾が撃てない戦車など意味がない。敵艇までの距離は約三百五十メートル弱。やがて、揚陸艇と巡視艇と横並びになると同時にターゲットがロックされ、照準を示す枠が初めて緑色に変わった。


 ──撃ち方、始めっ!


 左吉がそう復唱して、安全装置を解除してレバー上の発射スイッチを押す。

 瞬間、耳をつんざくような強烈な衝撃と爆音──。

 炸裂する反動により、揚陸艇の船首が傾きながら右に大きく滑ってゆく。軋む船体が砲撃の凄まじさを物語るかのように、メインカメラの映像が歪むのであった。

 しかし、米帝の巡視艇に命中した様子は全くない。

 撃った砲弾は何処へ飛んで行ったのやら……。それどころか、タイソンは荒れた海原を我が物顔で航行し、此方の砲撃を煽るような信号音まで発してくる。「もっと、撃ってこいよ」と挑発しているようでもあった。

 次いでモニター画面に表示される射撃リポート──。

 赤文字で何やら警告文が連々と流れている。どうやら、放たれた砲弾は大きく上部に逸れ、弧を描いで巡視船を雄に飛び越えて行ったようだ。水面擦れ擦れに撃つどころか、素っ頓狂な方向へと砲弾は外れてしまったのだった。

 唖然とする、長臣と天狗一同の面々……。次いで、最も驚いたのは、弾を撃った左吉本人だろう。散々撃つのを待たせておいた挙句、肝心の目標には掠りもしない。魔女の有する「先進的技術」とやらはここまで脆弱なものだったのかと悲観的にもなった。これでは、全くと言っていいほど使えない。

 ……にも関わらず、魔女は実に呑気なものだった。

 ──《あっれえっ? ハズれちゃったの? おっかしいなぁっ?》

 ──『どどどど、どうすんのっ! つぎ、どうすんのさっ!』

 ──《落ち着きなって。直ぐ修正するからさ》

 ──『すぐ弾幕を張らないと、次弾を撃たせてくれっ!』

 ──《まあ、カラスが何とかするから平気だって》

 と、カカは微塵も反省する素振りもない。あたかも、化学の実験で失敗してしまった学生のような物言いだ。それに付けても、次弾の装填はどうすれば良いのか。主に手動だと考えられるが、人数的に考えて自動の可能性が高かった。

 魔女が触感性と呼んでいたモニターのタッチパネルを操作して、左吉はそれらしき項目を必死に探す。他に何か使える武器はないのか。このままでは、次の攻撃で揚陸艇は致命的なダメージを負う羽目になるだろう。

 ただ、機動戦車の操作や仕様に慣れつつある。砲撃の感触もいまの一発で大体は把握したはず。あとはこの厄介なシステムを掻い潜ってどう撃つかだけだ。 

 すると、主砲の画面に〝armor piercing〟なる文字列をみつける。日本語に訳せば〝徹甲弾〟といったところか。これならば、再装填する必要はなくそのまま撃てそうなきらいがある。

 それに、今しがた撃った炸薬弾の反動から考えても火力が強すぎるのだ。

 あれではタイソンの巡視船が粉々になりかねない。ならば、貫通力を有する弾の方が返って好都合な選択だろう。左吉は迷うことなく徹甲弾に切り替え、ターゲットの巡視船に狙いを定めるのだった。

 ──片や、放たれた砲撃の反動に面を喰らいつつ、遊佐は揚陸艇の立て直しに努めていた。さすが魔女の造った兵器だけあって、全てが桁外れかつ、規格外の威力だ。正直、船が横転するのではないかと肝を冷やしたほど……。

 もし転覆でもすれば最期、真冬の水温では助からないかもしれない……。

 ブリッジから見える奇怪な戦車を横目に、米帝の巡視船に目を見張る。

 今の一発で戦力の劣勢さが露呈したのもあり、タイソンはより一層攻勢を強めてくるだろう。九十九の援護射撃により一定の距離は保っているが、いずれ弾切れになるのも時間の問題だ。保有してるい弾薬数からしても、魔女ですら想定外の事態に陥っている。

 ──さあ、どうする? どうすればいいのか。どうみても、多勢に無勢だ。

 遊佐は天狗の特性より引き継がれし前世の経験や知識を総動員させる。

 おそらく、タイソンは弾切れと同時に乗艇の体勢を取ってくるだろう。なるべく時間を稼ぎ、内務省からの応援に期待するしかなかった。しかし、到底間に合いそうもない。……となれば、何とかして巡視船を翻弄しつつ、魔女の話していた〝誘導ミサイル〟なるものを待ったほうが多少は希望がありそうだ。一分でも、一秒でも長く、この状況を継続させるのが先決だろう。

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