参の8

 どうしてこうも、役回りが悪いのか。人生に皮肉はつきものだが、もう少しお手柔らかにお願いしたいもの。小刻みに頭を振り、我が目を疑うようにもう一度だけ確認する。無情にも、それは間違いなく米帝所属のタンカーだった。

 しかも、申し訳なさ程度に見え難く国旗を掲げられているだけだ。即座に、長臣は無線機を手にして遊佐に呼びかける。

 ──『おい遊佐、米帝の船をみつけたぞ』

 ──《えっ、ほんまどすか? どこにいますの?》

    と、遊佐が窓から首をだして周囲を見渡す。

 ──『肉眼じゃよくみえんが、後方にタンカーが一隻いる』

 ──《タンカーですか? ほな、そこにタイソンが隠れてるんっ?》

 ──『多分だがな。他の船も多い、襲うタイミングを計ってそうだ』

 ──《どないします? 最大船速にして、とりあえず目一杯逃げはりますか?》

 ううむ、と小さく唸り、長臣は荒れる大海原を望む。

 おそらく、この距離では高速の巡視船にいずれ追いつかれてしまう。逃げれたとしても、十分か二十分程度……。いずにせよ時間の問題だった。それならば、船体を安定させ、迎え撃つ体制を整えたほうが無難かもしれない。どのみち、もう交戦は避けられそうになかったからだ。

 ──『……減速して船体を安定させてくれ。戦車の砲身を船の縁から出すから

    よ』

 ──《了解どす。外の九十九にも伝えときます》

 ──『米帝が動き出したら、まず側面を取ってくれ。巡視船の足を止める』

 そうして、長臣は身を屈めながら空を見上げた。

 上空から位置を掴まれるのが最も厄介だ。もう、先の戦争とは違って技術も戦略も随分と様変わりしている。魔女特製の双眼鏡でみる限り、空に怪しい機影はなさそうだ。監視するならセスナ機かヘリコプターからだと推測していたが、むしろ変に目立つからと避けたのかもしれない。

 ……敵ながら、なかなかやるもの。タイソンに泳がされてるかもしれないが、魔女の情報局からのタレコミがなければ動きに気づけなかった。その場合、忽ち米帝に拿捕されて一巻の終わり──。その後の修正を余儀なくされるのを思うと気が気でならなかった。

 それ等を考慮すれば、まだまだ運が残っていると言える。身を顰め、隠れたふりをしつつ、双眼鏡の解像度を限界一杯まであげた。そうして、別の角度からタンカーの周囲を重点的に探すと、ほんの僅かだが、巡視船らしき後部の船影を見つけたのだった。


 ──やはり、タンカーの裏側に並走して待ち伏せしていたのだ。


 しかし、これ以上離されると我々を見失う恐れがある。もし、仕掛けてくるのであればそろそろ頃合いだろう……。長臣は眼下の機動戦車にそっと目を向ける。

 どんな機能が備わっているはか分からぬが、丁寧にゆっくりと車体を持ち上げている。驚いたことに、車体の横から腕らしきものまで伸びていた。なんとも奇怪な形態だが、砲身さえ出してしまえばこちらのもの。更に、揚陸艇の減速により船体が安定してきている。

 これなら、襲撃前には間に合うはず……。

 再び双眼鏡から覗き、長臣はタンカーの様子を伺う。

 米帝もタンカーのブリッジから専用の望遠鏡で監視しているのだろうか。……ということは、此方に積まれている戦車の異様な変形にも気付きはじめているはず。砲身があがりつつある状態をみて度肝を抜かれているに違いなかった。


 ──そして案の定、先手を打つように飛び出したのはタイソンだった。


 突如としてタンカーの裏手から巡視船が姿を現す。此方の意図を汲み取るかの如く急遽出撃したのだろう。船にどんな改造を施しているかは不明だが、卓越した敏捷性と速度だ。一方、魔女の揚陸艇にはそんな性能は殆ど備わってない。おまけに、過積載と思われるほどに大量の荷物を積んでいる。

 ただ、タイソン側は積荷の中身まではよく知らなかったのかもしれない。

 仮に、その情報を掴んでいれば別の船艇を選んで用意してくるはず……。従って、揚陸艇を制圧する程度の軽装備で急いでやってきた可能性が高い。

 ……ということはつまり、という線が消えたことになる。

 ──おそらく、タイソンが魔女の倉庫棟に向かっている間に港を出られてしまい、急遽としてタンカーの影に身を潜めるという苦肉の策を講じたに違いなかった。向こうも此方の動きに翻弄されている証拠のようなものだろう。

 ……よし、それならば多少の勝機はある。揺れる船体によろめきつつも、長臣は無線機を手に取り、ブリッジに向かって指示を出す。

 ──『遊佐、米帝の巡視船が動きだしたぞっ!』

 ──《やっこさんっ、おもったより早いどすなあ》

 ──『後方、七時。直ぐにくるぞっ!』

 ──《了解どすえ。ほな前進強速で。面舵、いっくでっ!》

 その瞬間、激しいエンジンの唸りと共に船体が大きく右に傾く。

 一応、どんな航路を取るかは全て彼女に任せていた。なにを隠そう、操舵には並々ならぬ自信があるようで、自分に任せろと強く主張してしていたほど。おそらく、前世の経験と深く関与しているのだろう。猛追してくる巡視船の動きを見計らって、魔女の揚陸艇も臨戦体制に入ったのだった。

 それと、ほぼ同時にカカからも報告が入る。

 ──《おーい、カラス。砲身あがったぞ。ちゃんと聴こえてるか?》

 ──『聴こえている。早速だが、巡視艇の機関部を潰せるか?』

 ──《機関部を? 別にいいけど、巡視船の型式はと……》

 と、頻りにカチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

 魔女が戦車の後部席でバックアップのオペレーターをしているのは分かっているが、具体的にどんな作業をしているかは不明だった。ただ、数十年後の世界ではそれが当たり前の手順になっているのだろう。カカとしては退屈な作業に飽き飽きとしてる様子だった。

 ──《……あのさ。それなら、直接沈めちゃったほうが早くない?》

 ──『だめだ。今後の外交問題に関わる。米帝の死傷者は出したくない』

 ──《呆れた。略奪行為なんだから、気にすることないのにっ!》

 ──『呉越同舟ごえつどうしゅうっていってな。大人の世界は複雑なんだよ』

 あー、はいはい。とカカは気の抜けた返事をひとつして、液晶のモニター画面に視線を落とす。呼び出した集積データによると、巡視艇の型は相当古そうではある。最新艦を調達出来ないあたりが米帝の衰退を示していた。しかし、現在の映像と比較して解析する限り、至るところに改修の形跡が見られたのだった。

 カカは回線を咄嗟に切り替える。

 ──『左吉、巡視艇の機関部に一発ぶちこむよ』

 ──《それって、操舵装置を直接狙えってこと?》

 ──『いまからデータを転送する。順次確認してくれ』

 途端に、操縦席の前面モニターに船の画像が現れる。巡視艇の側面図が表示され、攻撃箇所が丸く囲われている。大砲の操作に関しても直感的な動作でいけそうだ。先進的な未来技術に舌を巻きつつも、両レバーで感覚を確かめ、左吉は機関砲から長距離用の主砲に切り替えたのだった。

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