参の7
なにやら、急に頭上が騒がしくなった気がする。
左吉は専用のヘルメットで耳が覆われているせいか、後方の声すら上手く聴き取れない。カカの通話らしき音声がやたらとこもっているからだ。まるで棺桶に閉じ込めらているような閉塞感……。それと同時に機動戦車の操縦席で装備の扱いに手間取っていた。
なんせ、周りは謎な機器ばかり。何処も彼処も計器とスイッチだらけだ。
馴染みがあるのは、二つに分離した操縦用ハンドルとギア系統のレバーぐらいだろうか……。足元には、アクセルとクラッチ、ブレーキらしき多数のフットペダルが付いている。左吉は、目の前で煌々と光る「モニター」画面に表示された英字の羅列を、必死に読み解くのだった。
昨晩少し弄った程度で、今すぐ動かせというのは無理がある。普段目にする乗用車や重機とは勝手が違いすぎるのだ。しかし、そう簡単に諦めてはいけない……。それでも今朝方に読んでいた仕様書の内容を思い出し、順番に確認しながらトグル・スイッチを順々に上げてゆく。
すると、ヘルメットの耳元にあるスピーカーが唐突に繋がった。
──《……だから、無理だっつーの。マニュアルで動かすしかないって》
──《とりあえず、砲身だけでも上から出せないものなのか?》
──《電子制御でバランス取ってやってんだ。無理を言うな》
──《悪いが時間がない。おそらく直ぐに米帝からの襲撃があるだろう》
──《ああ、もうっ! 無茶したらまた壊れちゃうって……》
──《一応、設計者さまなんだろ? あんたの力でなんとかしてくれ》
……そんな不穏な遣り取りが、二人の間で暫く続く。
事の経緯を聴く限り、船の縁から機動戦車の砲身だけを出すつもりらしい。
しかし、どうやって……。
不意に、モニター画面をみると〝スタンディング・モード〟表示された文字列がでてくる。そう言えば、戦車には変形機能が搭載されていたはず……。
このまま車体をリフトアップできれば、砲身の頭ぐらいは上手く出せそうだ。試しにパネルのスイッチを押してみたが、直ぐにその文字列が消える。が、──うまく反応しない。どうやら、まだ全体的なコントロールはカカに制御されているようだった。
先程受けた説明によると、変形動作には繊細なコンピューター制御が必要らしく、おいそれと出来るわけではなさそうである。しかし、必要を迫まれればやるしかないのだ。
──『カカ、よく聴こえる? 変形モードをつかって砲身をあげてみよう』
──《なんだ、左吉もか。初見で動かせるのか?》
──『何もしないよりはね。やれることを懸命にやるだけなんだよ』
と、なにやら色々と電源スイッチを入れる音が聴こえる。
──《ちょっと待てって、誘導ミサイルのセットアップをやるから……》
──『もし、それが間に合わなかったらどうすんのさ?』
──《間に合わないと思うか?》
──『備えあれば、憂いなしっていうからね』
──《もうわかったって……。コントロール、半分渡すぞ》
大きな溜め息と共に左右のレバーに電源が入り、起動音が鳴って、ふわりと操縦桿が軽くなる。直感的な操作ができるのか、座席上の
ボタン操作であらゆる角度を映し出せるようになっているものの、魔女に言わせるとそれが理想的らしい。要は、アイボールという二つのセンサーだけではなかなか情報が追いつかないからだそうだ。
外の視界は正直よくない──。天候は微妙で空がぐずついている。
沖に出るに連れ、波も高くなってきたのだ。前方の船首には海上を監視する長臣、後方のブリッジ付近には九十九が機関砲の弾込めをしている姿が見える。しかし、結構な速度で飛ばしているのか、揚陸艇が上下左右に激しく揺れていた。
ギアロックを解くには最悪のタイミングだが、状況は刻一刻と迫っている。
……とはいえ、ここで物怖じをしてる場合ではない。左吉は迷うことなく、タッチパネルからスタンディング・モードを選択して機動戦車を上げようとする。
ところが、足場が悪く急にガタつく。車体がうまく安定がしない。時化の大波のせいだ。飛沫で海水が入り、所々で滑っている箇所もある。安定させるためには戦車の一部を何処かで強く固定しなければならなかった。
左吉は個々の装備を見渡す。他に何か使えるガジェットがないものか──。
厳しい表情で画面を睨んでいると〝アーム・モード〟という文字列が赤く光って点滅している。カカからの補助なのか「押せ」といわんばかりに訴えているようだ。もう一か八かだ。アームを使って車体を固定するしかなかろう……。
そもそもが伸るか反るかだ。左吉は躊躇なくアームを起動する。
画面に表示させるアーム表示が緑色に変わり、安全装置が次々と解除される。あとは己の操縦感覚だけ。両レバーに意識を集中させてアームを動かしつつ、
鈍重に、不器用に動きはじめた機動戦車を横目に長臣は大海原に目を遣る。
左吉も奮起し、魔女も多少はやる気にはなってくれたようだ。
ただし、現実は杓子定規のようには上手く運んではくれない。急場に対抗するには、これでもかと言う程の入念な下準備と計画が必要となる。米帝のタイソンが何処から攻めてくるのか検討がつかず、漠然とした不安が
その癖、あの〝ゼロ〟の影響がやたらと散らつく。こいつこそ、まったく説明のつかない規格外の天敵なのだ。ただ、朧げに分かるのは直ぐに襲撃にくるという薄い予感だけ……。
──不意に、左斜め遠方にみえる一隻のタンカーに目が停まる。
往来する全ての船舶を覚えているわけではないが、そのタンカーは先程からずっと後を付いてきてる気がする。ただ、揚陸艇と大型船とはスピードがまるで違う。杞憂であればいいが、此方との距離は順調に開いている。
神経質かもしれないが、妙に引っ掛かるタンカーだ。
咄嗟に長臣はそのタンカーに刮目して双眼鏡を向けた。ぼんやり見えているが、目測で数キロは離れているだろうか。とりあえず、国籍の有無だけでも確認しておこう……。双眼鏡の倍率を限界まであげ、タンカーのブリッジ付近に小さく掲げられている旗に照準をあわせた。
──「べ、米帝の国旗だと?」
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