参の2
「おやっ? なんだいそれは?」
「魔女からの道具の差し入れだよ」
「ああっ、先生が持参してた例の風呂敷か」
予期せぬ好奇心を顕にして、志戸は座敷にあがると湯呑み茶碗を手にして景勝の横で
そうして、魔女の小道具一式を眺めながら、湯呑みに日本酒を注ぐ。いつになく、ご満悦な面持ち。こうみえて、志戸はなかなかの呑兵衛でもあった。
戦後、男女共に十八歳からが成人となり、酒や煙草は自由となっている。
ただし高校では「卒業までは極力控えよ」という、大前提や暗黙の御達しもある。……とはいえ、そんな規則など守る者などほぼいない。大概、酒や煙草などは高校から始めるのが主流の時代でもあった。
一日の終わりを締めくくるかのように、志戸は日本酒を旨そうに
景勝は酒の味はまだよく分からないが、そんな志戸の呑む姿を見るのが好きだった。虎鉄も気を効かせ、焼いた牛タンを小皿に乗せて志戸の手元へ置く。
「へへへ、申し訳ないっス」
「まあ、飲み喰いしながらでいいから、ちょっと聞いてくれや」
「はい、旭川の件ですかね?」志戸は畳に並べられたカラー写真をじっと見つめる。
「そうだ。仕事の話しだな」
と、虎鉄は二人に目配せをして、少し強めの口調で話した。
「とりあえず、顔写真だけでも覚えておいてくれ。細かいところは、俺が後で詰めておく。……でだ、旭川でいま起こっている概要だけでも説明しておこうと思ってな」
「有難いっス。正直、先生の話だけじゃチンプンカンプンで……」
「自分も、シドと似たようなもんですね」と景勝も歯痒そうに頭を掻いた。
──だろうな。虎鉄は呟き煙草に火をつける。ゆらゆらと白く立ち上る煙。眉間に皺を寄せ、考え込むように間を置いてから口を開くのだった。
「ところで、おまえら『
青年二人は小首を傾げて言う。「地面師って何ですか?」
「要約すれば、昔からある不動産詐欺でな。『地面師』と呼ばれている。早い話、地主に成り済まして、相手から金銭を騙し取るのさ。これがまた、結構手の込んでいる詐欺でよ。単独の詐欺とは違って、チームを組んで動くのさ」
「……っていうと、爺さんだけの単独犯でないと?」
と、景勝は目を此方に向ける。横にいる志戸も腕を組み「でも、先生の口ぶりだと、如何にも一人でやったみたい感じだったよな?」と疑問を呈した。
虎鉄は二人の反応を見て、小さくてほくそ笑む。
「そう、五味の他にも協力者がいるはず……。だが、とりあえずそれは置いておいていい。おそらくだが、土地売買の取引き自体はもう終わっているからな」
「ううん? それなら、そのままの流れに任せばいいんじゃないスか? 下手に手を付けるとおかしなことになるかと……」
志戸が不思議そうに言葉を返すと、虎鉄は「ところが、そういう訳にはいかないのよ」と、並べている写真を一枚だけ選んで、二人の面前で見せたのだった。
目の前に掲示された写真には中年の白人男性が写っている。
髭面で長髪、堀の深い顔には青色の瞳が怪しく揺らめいているようにも……。その容姿からして、只ならぬ気配を醸し出していた。何よりも顔面の左半分を覆う大きな火傷の痕。
「コイツはな〝ヴァーガ・ラスフーディン〟欧露会の『神父』らしい」
「……神父って、クリスチャンのですよね?」
景勝が逸早く何かを勘づく。「マフィア組織に神父っていうのは、些か匂いますね。いくら多国籍な欧露会といっても少々異質……。そいつ、いったい何者なんですか?」
虎鉄は間を置くようにため息を吐き、煙草を一服する。そして少々言いづらそうに口を開いたのだった。
「一応、ラスフーディンが欧露会の最高顧問という肩書きになっている……。だが、病気療養中の会長に代わって事実上のボスに挿げ替っていたりもしてな。彼は数奇の予言者で、奇跡の技を使うらしい。なんでも、神に祈りを捧げ、
「へへへっ! そりゃ、すげえや。益々、胡散臭っスねっ!」
虎鉄が鼻で笑う。「実際、やりたい放題だろうな。こいつを慕う信者の女も多い。それに、欧露会の背後にはコサックがついてるからな。おそらくだが、ヴァーガ・ラスフーディンはコサックどもの親玉と踏んでる」
「へえっ! コサックって、あのコサック兵のですかっ?」
日本酒を一気に煽り、志戸はラスフーディンの顔写真を食い入るように見つめる。忘れぬよう、顔の特徴を脳裏に刻みつけているのだろう。その一方で、ボロボロの祭服を纏っているのみる限り、表向きは質素な生活を心がけている
「おや? ……これは、オロス正教会の祭服じゃないスか?」
「おっ、カツはそういうのが分かるのか?」
「任してください。色々と知識も仕込まれましたから。それで、ちょっと引っ掛かる噂話を思い出しましてね。十年ほど前だったかな? オロス地方に妙な霊能力を使う神父がいたとかで。ただ、婆さまが言うには既に殺されたっていう話もありまして……」
と、話の先を言い辛そうにして語尾を詰まらせる。
しかし、虎鉄は景勝の心情を察して言葉の続きを促している。その困惑する表情からして、あまり良い情報ではなさそうだった。
「構わんから、聴かせてくれや」
「はあ……、それがですね。なんとも奇妙な逸話でして」
一息置いて、やはり小首を捻って難しい顔をする。そうして、落ち着きなさそうに義手をカチャカチャと鳴らして囲炉裏を火鉢でつつくのだった。
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