弐の7
愛想笑いを浮かべて「我々もさきほど到着したばかりでして、まだ炊事場の使い勝手が分からないもので」と、恐縮する虎鉄。……となると、まずは茶菓子だ。運ばれてきたずんだ餅を受け取り、老人の前に粛々と差し出す。
無粋に鼻を鳴らし、老人は胡座をかきながら坊主頭の景勝に目を遣る。
……左腕の義手が気になっているのか、続いて志戸の義足を順に見た。しかし老人が生き抜いてきた時代では然程珍しい子供でもないだろう。手足が欠損した人間など腐る程みてきたからだ。
老人は半ば面倒臭そうに言う。「……まあ、ワシはな。魔女さまの遣いできたカラスの遣いよ。虎鉄はともかく、そこの小僧たちは知らんと思うでな。一応、自己紹介しておこう。名は〝
と、景勝と志戸の顔を和かに、意味ありげに再度見回す。
不意に己の名を明かして、二人が知っているかどうかの反応で伺っているのだ。当然、老人の目元は一切笑っていない──。
炊事場にいる義手の坊主頭は角度的に表情がよく見えなかったが、もう片方の義足の青年は本当に知らないようである。現に、間髪を入れず姿勢を正し「タカハラ シドです」と丁重に自己紹介をしてくるあたり……。狼狽した若僧が咄嗟にとれる所作ではなかった。
ただ、やや興が削がれてしまったのか、
「ところで、ほれ。それが頼まれてた例の荷物だ。中に何が入ってるかは、あとで自分らの目で確認するといい。ワシは無事に送り届けたからな?」
顎をしゃくった先には虎鉄がおり、比較的に丁寧な口調で伝えた。
「……はい、確かに。しかりと頂戴致しました」虎鉄は控えて
「うむ。魔女さま方には、くれぐれもよしなにな。ワシも歳だ。大したことはできんが、カラスの最高顧問としてこれぐらいはせんとな。がははははははっ!」
そう嫌味臭、高笑いをすると、ちょうど景勝がお茶をお盆に乗せてやってきたところだった。五味が醜く顔を歪ませながら、湯呑みを手に取る序でに「──クマガミ カゲカツです。お初にお目に掛かります」と、自己紹介を兼ねて挨拶を済ます。
──あいあいと、五味は適当な空返事をしながら熱々の渋いお茶を啜る。
続いて、お盆から出されたずんだ餅を旨そうに口に運ぶのだった。
なんとも、身勝手を絵に描いたような自由奔放な老人。笑顔を装いつつも、景勝はこの〝
だが、もう十年数年も前に亡くなったとの噂も……。婆サマたちによると、戦前戦中の混乱の中でもしぶとく暗躍してたゲテモノだと言う話だった。
性格は強欲で極めて傲慢。有名な『
どうやら、虎鉄が仕えている組織というのはこの〝カラス〟なのではなかろうか。そして、その親玉が〝魔女〟という図式なのだろう──。
話の流れからして、そう紐付けるのが自然だ。まさか、ネズミまでもがカラスに取り込まれているとは驚き……。魔女からの大事な荷物とはいえ、厄介な人間を寄越してきたもの。景勝は決して内心を悟られぬよう「どうぞ、ごゆっくり」とお盆を下げて慎重に控えるのだった。
クチャクチャと不快な
「へへへっ。そう固くなるなや。あまり長居はせんし。んで、魔女さまから言伝も承っているでな。とりあえず、それを話さなにゃならんわけよ」
「……話ですか。どんな言伝でしょうか?」
「ちょいと、待ってな。ええと、なんだったけかな……」
五味は懐から手帳を取り出し、首にぶら下げていた老眼鏡を掛ける。
次いで、親指に唾をつけてパラパラと
「おおっ、あったあった。これだ、これだわ」
そこで、ゴホンと咳をひとつする。本当にこの老人は煩わしい。
──『
虎鉄をビシりと指差し、強く命令する。しかし、何処に行けば良いのか。
腐れ縁からくる確執……。五味との付き合いは何十年も前から遡り、軍隊の士官時代からいつも肝心なところが抜け落ちている。透かさず虎鉄は「長臣からは、北海道へ向かへとは言われております」と、やんわり補足を入れるのだった。
嬉しそうに五味は口角をあげ、悪そうにしたり顔をする。「我々の相手はな、カムイの暫定自治区にいるオロスの残党だ。連中は
「オロス人……。
「いやいや、わざわざ潜入することはない。殺されに行くようなもんだで」
「……そうなりますと、外部から揺さぶるって感じですかね」
と渋い顔をしつつ、虎鉄はマッチで煙草に火をつける。紫煙がふわりと漂い、は表情が
「げははは、話が早いな。まあ察しの通りだ。連絡船で函館についたら、そのまま旭川まで向かってくれ。もう一人、現地の協力者がいるでな」
「旭川ですか。……で、その協力者が。できれば、我々は秘匿性は維持したいと考えてます。人はもう増やしたくないのですがね?」
「何を言っとる。地元の情報源は必須だろ。
と、五味が下手に出るような仕草をする。
「まあ、……先生がそうおっしゃるなら、仕方ありませんかね」
虎鉄は融和な笑顔をつくってはいたが、目はどことなく
嫌悪や軽蔑とはまた違った複雑な感情……。過去、この老人にどれだけ苦しめられたかは定かではない。ただ、さっさと話を進めてお引取り願おうという雰囲気を醸し出していた。そうして微妙な視線を二人に送り、虎鉄は助け舟をまっているようでもあった。
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