弐の5

 それはまるで、鈍重な戦車のイメージとはかけ離れた型をしている。

 やや細長く、華奢なボディに流線型の煌びやかな装甲が目を引く。後ろ下部には可変式のキャタピラー。前部には棒状の突起が二本伸びていた。その上部には主砲らしき大砲と幾つものアンテナ。後部の両サイドには多段式ぽい筒型兵器とバルカン砲が装備され、斜め下には綺麗に組み込まれたロボット・アームらしきギミックが見られる。おまけに、雑誌で読んだ電子戦を想定したような機器まで搭載されていた。

 しかし〝グラスジョー〟と呼称されるだけに、脆弱そうな骨組み……。

 次いで、不安を煽るようなそのネーミングセンス。何故なら「グラスジョー」とは、ボクシングにおけるノックアウトやノックダウン負けする選手のことを指す言葉である。一般的には非常に打たれ弱かったり、顎が脆く骨格的に細かったりする選手が多い。それが故に、根気がないだの、気力が続かないなど、様々な言われ方をしていた。早い話が、使えない選手の代名詞なのだ。

「グラスジョーか……。なんか頼りない名前だな」

「皮肉が効いてる名前でしょ? 開発の初期段階から今日に至るまで、紆余曲折が色々とあったからさ」

「……ってことは、これは試作機なのか?」

 白い外装を軽く叩き、左吉は問いかける。カカのイエスともノーとも言えない微妙な表情。なんと返答して良いのか決め倦ねている様子であったが、後ろにいたエヴァがやんわりと答えるのだった。

「試作機というよりは『実験機』に近いわね。でも、趣味で造られたモノでもあるのよ」

「……趣味、ですか。しかし、またどうして」

「米帝の監査から、もう兵器を作るなって言われちゃってるの。日本がいくら敗戦国とはいえ、ほんとあいつら鬱陶しいわ」カカが外方そっぽを向きなら愚痴る。

「そう、だから名目を考えてはコソコソ造ってたわけ。あくまで先進的技術の開発が主な理由。……とはいえ、私たちは隠された存在でしょ? 一般に向けて公開されることは未来永劫にないけどね」

 ところが、左吉は話を聴いているのかいないのか。自分から質問をしておいて、どことなく上の空だ。それどころか、機体を下から随分と熱心に覗き込んでいる。どうやら、その異様な構造の正体に気づき始めたらしく、急に声を震わせて狼狽しはじめたのだった。

「ちょっ、ちょっとっ……。まさか、コレって変形したりしませんかっ?」

 すると、カカは嬉しそうに身を乗り出して顔をニヤつかせる。「おおっ! さすがお目が高いねっ! 直立モード搭載で二足歩行させる予定だっ!」

「……直立二足歩行だって? 嘘だろ? 冗談にしか聞こえないな」

「何を言ってる。左吉が乗るんだぞっ! どうだ、ワクワクしないかっ?」

「いや、でも、それなら多脚式にしたほうが現実的じゃないかな……」

 そう左吉が呟くと、カカは途端に眉尻を下げる。「なんだ、不服なのか?」と悲しそうな不貞腐れた顔。まるで左吉に幻滅したのかのような不審な目を向けてくる。ロボット漫画でもあるまいし、多感な時期にある年相応の発想。しかしながら、二足歩行では用途が悪すぎる。平地や山岳地帯での戦闘を想定するのであれば、多脚型にしてしまう方が理想的だったからだ。

「ほら、だからいま言ったでしょ? 殆ど〝趣味〟で造られた機体だって」見兼ねたエヴァが捕捉をいれる。

「ああ……そうか。それで、なるほど」

「動かせるのは、現状はコレしかなくてねえ……」

「作れる物なら作ってみろってことですかね?」真顔で左吉が言う。

「そうよ、挑発的な連中なのよ」

 ……と、エヴァは困り果てたようにグラスジョーに目を遣った。

 だが、他に何か意見があるのか、急に行待が近寄り、やや恐縮気味に「お話中に、申し訳ありませんが……」と不意に言葉を漏らす。その眼差しは真剣そのもの。余程に引っ掛かることがあるのだろう。

「我々といたしましては、装備だけは充実させて頂きたい」

「これでは心許無いと?」

「些か、ですが……」

「あんたも少しは言う様になったわね」

 瞬く間に張り詰める空気、二人の間に緊張が走った。

 ……とはいえ、行待の声の震え具合からして、それなりの覚悟で進言しているのかもしれない。なんせ皆や仲間の命に関わることだ。魔女から玩具のような戦車を一台渡されて村の防衛に努めろというのも甚だ無理がある。そのせいなのか、行待の表情が一層歪んでみえたのだった。

「つきましては、もう一台、似たような機体があると伺っていますが?」

 眉を潜め、小さく舌打ちをするエヴァ。「たくっ、天狗は耳が早いわね。でも、まだ組み立ててる最中なのよ。春先までには何とか間に合わせるからさ」

「春先ですか? また随分と悠長な話しですね」

「問題ないわよ。冬が来ればオロスも当分は動けないはずだし、雪の怖さは最も身に染みてる連中よ」

「それは、そうですが……。しかし、困しましたね。聞くところによると、相手は一個大隊を超えるいう話です。いずれにせよ、少人数ではとても太刀打ちできません」と、行待は正面からエヴァを見据えて牽制するような目をする。

 おそらく、話の流れからして後から『天狗』の仲間たちも合流するのだろう。

 かと言って、こんな得体の知れぬ戦車一台では大事な部下を預けてられない……といった色相も若干含まれている。口調は至って穏やかだが、魔女の返答如何ひとつで今後の先行きも怪しくなりそうな気配だった。

莫迦ばかね。そんな総力戦なんて誰も望んでないわよ?」

「ですが、あまり気乗りはしませんね。沖縄の時は、うちの若いのが三人も亡くなってますから……」

「確かに、少しでも犠牲は避けたいけどね。でも、それでいまのシマもらったようなもんでしょ? あたしたちの準備は万全だし、そんな心配はいらないわ」

「……だと、いいのですが。荒事はあまり得意でありませんので」

 エヴァは呆れ気味に言い捨てる。「まったく、どの口がそんなこと言えるのよ……。それに、大方の装備なら既に向こうに送ってあるし、少人数でも十分に戦えるはずだわ」

 そう言うと、指をパチりと鳴らしてカカを呼ぶエヴァ。

 ついでに話の流れを変えたかったのだろうか。お転婆なカカも急に従順になり、横に並んで髪型や身なりをサッと整える。頬を赤らめ、少し恥ずかしそうにして、目線で合図を送り返すのだった。

「ほんじゃあ、手っ取り早く皆に紹介するわね」カカを見て微笑むエヴァ。

「あたしらの中でもこの子は飛び切りの『切り札』よ。彼女は『機工の魔女』こと〝カレン・カ・リッチ・クリスティーナ〟よ。名前が長いから通称は〝カカ〟で統一してちょうだい」

 続いて、間髪を入れずに張り切って語彙を強める機工の魔女。「今更だけど〝カカ〟だ。今回、北海道に同行する唯一の魔女よ。専門は機械工学。重火器の扱いから精密機械の整備まで全部任せて。修理や補修も当然やるからなっ!」

 得意気な魔女の顔を他所に、少し離れた場所で茫然自失とする左吉。

 まさか、カカまでもかと思いもよらず、長臣とミユキに目をやる。

 多分、二人は彼女が『魔女』だと、最初から知っていたのだろう。なぜ、カラスは肝心なことばかり黙っているのか。目を逸らしたままの素振りを見る限り、多くを語らずとも自ずと察せられる一幕であった。

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