弐の4

 慣れた手つきでダイヤルロックを解除してアタッシュケースを開けると「手にとって確認してくれ」と言わんばかりにエヴァの方に向ける。行待が唸りながら横から覗き込み、背後にいる長臣が感嘆するように小さく口笛を吹く。

 ケースの中には、白く輝く『プラチナ』の板──。天窓から差し込む光りで緩く反射している。斯くして、どこからこれだけの量を集めてきたのか、荷物の半分以上は上等な白銀プラチナで敷き詰められていたのだった。

 白銀プラチナの板版を一枚手に取り、エヴァは「拝見させてもらうわ」と眼鏡を外し、ルーペで愛でるように表面組織を鑑定する。これは魔女の協力を得る為の手付金と言ったところだろうか……。次いで、ケースから不規則に何枚か取り出して、ペンライトで光沢具合を隈なく調べるのだった。

「……OKよ。確かに上物の白銀プラチナだわ」いやらしく笑うエヴァ。

「当然です。うちの抽出技術を舐めてらっては困ります」

「さすが、噂に違わぬって感じね。これでやっと此方も整備を進められるわ」

白銀プラチナは希少性の高い金属ですからね」

「助かったわ。お金だけではどうにもならない事もあるのよ」

 ……等と言いつつ、そそくさと白銀プラチナを別箱に移している。

 言動と心情がまるで裏腹だ。しかし、現物が届くのを心待ちにしていたに違いない。果たして、何を造っているのか。ヨウジの話では、魔女は大量の希少金属を必要としているらしい。加えて、不純物の取り除かれた上質のブツを所望していただけに、他ではなかなか手に入らなかったのだろう。

 それを頃合いと判断して、左吉は言葉を繋げる。「……それで、なんですが。残りの白銀プラチナは現地で渡すとして、さっそく交渉に入りたいのですが──」

 ところが、エヴァは眉を顰めて急に不可解な顔をする。「交渉? ううんっ? 交渉ってなんのさ?」その円な瞳をカカに向け、事の経緯を確認するかのように……。

 カカも同様にして心当たりがないのか、頻りに首を横に振っている。その反応に呆気に囚われる悲しき青年。情報に齟齬が生じているのか。だが、このままの状況では埒が明かない。左吉は単刀直入で話の本題に踏み切るのだった。

「なにって、侵略者のオロス人から村を守るって話ですよっ! その為にあなた方の協力を全面的に仰ぎに来たのですっ!」

「協力って? 私たちの?」エヴァは困ったように周りを見渡す。

「そうです。魔女の知恵や力をですっ!」

 左吉の必死の訴えにも関わらず、エヴァの表情は殆ど変わらない。それどころか、端々に冷笑が含まれているきらいすらある。次いで、カカは大方の経緯を察したのか、文脈の流れを切り取ってあっさりと言葉を返した。

「……その話なら、疾っくに支援する方向で合意に達していると思うけど?」

「はっ、はい⁈ ええ? えっ! 本当にっ?」

 頬を搔きつつ、カカは少し言いづらそうに言う。「あたしは、その場にはいなかったけど……。確か、もう半年以上前よ。エヴァ姉とマリア姐さまが立ち合ったんじゃなかったっけ?」

 と、確認するかのようにエヴァに視線を送る。

 案の定、エヴァが「あんた、ヨウジたちに担がれたのよ」と皮肉ぽく笑うのだった。経験の浅い若者の宿命なのか、どうやら仲間に一杯食わされていたらしい……。その事実を目の当たりにして左吉は失望したような、同時に安堵したような感情に襲われたのだった。

 ──がしかし、今まで傍観していた長臣が、ようやく口を開く。やれやれと言った具合に頭を掻いていた。

「そりゃ、多分あれだな。魔女に会うのだけが目的になっちまうと、俺と会った時点で気が抜けちまうからだろう。若いのは見立てが甘いからな」

「それでは、あれですか? 緊張感を持たせる為に嘘を?」会話の流れに乗じて行待も口を挟む。

「まあ、ヨウジさんの考えそうなこった──って言うか、上京の目的は、また別にあるんじゃないのか?」

 と、長臣はカカとエヴァの方へ目を遣る。

 すると、多少の合点がいったのか、カカがエヴァに発言を促す仕草をする。

 そこでようやく要領を得たのか、エヴァが魔女の責任者らしく「はいはい、分かったわよ」と億劫そうに代弁するのだった。

「──とりあえず、うちが早急に要求したのは純度の高い『プラチナ』の入手と優秀な『パイロット』。それが、今日一緒に届くっていう話だったのよ」

「じゃあ、そのパイロットが左吉だったってわけか?」

 自らを指差し、左吉は不服そうな面持ちで佇んでいる。しかし、よくよく考えてみればこんな若造に大事な交渉を任すような真似はしないだろう。自分が寝てる間に爺さまが話を進めているのが当然だった。

 そんな左吉の心情を汲み取り、カカが慰めのような声を掛けるのだった。

「敵を騙すなら、まず味方から……ってね。パイロットの選定は内密に行なってたし、情報は極力漏れないほうが好ましいだろう?」

「そんな、極秘情報だったのか?」

「パイロットは機動兵器にとっても大事なパーツなんだから仕方ないでしょ? 無人のオート・パイロットをするにはまだ問題が山積みなのよ」

「パ、パーツって……」

「もちろん冗談だ。気にするな」

 そう明るく調子を合わせると、若干凹み気味の左吉の元へゆく。

 屈託のない満面の笑み。慰めるかのように左吉の尻を叩くと、先ほどの戦車らしき車両のところまで陽気に袖口を引く。色々と腑に落ちない面はあるものの、村の任務は熟せたような気がした。

 それにしても、いつの間にこんな話が進展していたのか。そもそも、魔女から軍事兵器まで調達していたとは思いもよらなかった。ただ、少し振り返ってみれば、去年から適正テストらしきものは何度も受けていたような節もある。

 昔から乗り物が好きなせいもあり、てっきり村にある重機類の教習とばかり思っていたからだろうか……。

 それよりも、目の前に鎮座する戦車らしき機動兵器──。

 眺めているだけで心がおどる。カカが携帯用のリモコンを戦車に向けると各所の留め具が緩み、布のカバーがゆっくりとはだけてゆく。生唾を呑み込み、左吉は目を見張る。徐々に純白に彩られた外装が煌々と輝き、先鋭的で耽美たんびなまでのフォルム。ただの兵器と呼ぶにはあまりにまぶしかった。


 ──「陸戦型決戦兵器、機動戦車〝グラスジョー〟よっ!」

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