第弐章「埋立地の魔女」
弐の1
晴海埠頭付近にある埋立地に着くと、ミユキの運転する車は金網で囲われたゲートを通じて寂れた簡素な場所へと進んでゆく。
曇天の寒空に目を遣れば、唸るように響き渡る振動音。雲の隙間を縫うように大きな旅客機の機影が見える。告げる国際化の到来の波、東京は空は一層狭く感じられた。道路も渋滞の波で忙しないものだ。確か、向こう側には羽田空港があったはず……。左吉は覚えている限りの記憶を駆使して現在置を何とか掴もうとしていた。
これでも、一族の代理人として北海道からやってきている。
村への報告義務もあり、事の詳細をなるべく正確に伝えなければならなかった。
──とはいえ、なかなか難儀なもので、少しでも不備があると途端に疑われてしまう。その几帳面さもさることながら、神経質な仲間達から何を言われるか分かったものではない。やがて車は敷地内をゆっくりと徐行して進み、倉庫ぽい古ぼけた棟に向かっているようだ。建物が近づくに連れて長臣もミユキも無口となり、緊張の色が漂い始めている。おそらく、倉庫の中では魔女が待っているのだろう。
倉庫棟は海沿いに面して建てられ、大型のシャッターがいくつか見える。
元々は整備工場なのか、古い看板を下ろした形跡……。外には潰れたタイヤやドラム缶が所狭しと並べられている。敷地内には広めに取られた来客用の駐車場などもあった。
そうして、どういう訳なのか、既に別の車両が数台停まっているではないか──。外車ぽいフォルムの黒塗りの車である。魔女の先約だろうか……、左吉は警戒を強めように目を細める。しかし、自分以外に待人がいるなど聞いていない。もしや、罠にでも嵌められたのだろうか……。
ところが、同様にして長臣が「誰か来てるみたいだぞ?」と制止して怪訝な声をあげる。ミユキも咄嗟にブレーキを踏み、ギアをバックに入れて前方の様子を伺う。緊張の一瞬──。いきなり銃撃されることもあり、頭を低くしたミユキの対応も素人の所作ではなかった。察するに、彼女は特殊な訓練でも受けているのだろう。
「……仕方ねえな。ちょっくら、行ってくるわ」
左吉が不安そうに口を開く。「オミさん。だ、大丈夫なんですか?」
「とりあえず、俺が合図するまで絶対に出てくんなよ」
振り向きざまに念を押し、指を差しながら二人に言うのだった。
長臣は身を屈め、ドアを盾にするように助手席から降りる。上着の懐に手を忍ばせ、そっと小型のナイフを取り出す。次いで、姿勢を低く保ちながら一気に広場を駆け抜けてゆくのだった。
歳の割にはかなり機敏に動ける中年だ。普段から修練を
──すると、シャッター脇のドアが開き一人の男が現れた。
小走りをしていた長臣も急に足を止め、呆れ果てたように手を上げる。
そのぶっきら棒な仕草からは、苛立ちも垣間見られ、現れた人物も顔見知りであったのだろう。遠目ながらにミユキも誰か分かったのか、安堵した表情でクラッチを切り替えギアをローに入れる。そして左吉は得意の視力で男の姿を隈なく観察したのだった。
身長は百八十センチ以上ある長身で、極端なまでの痩せ型……。
紅いネクタイを着用し、葬式帰りのような黒のスーツ。両サイドと襟足を綺麗に刈り上げ、七三分けにして整髪料できっちりと固めている。年齢は五十過ぎぐらいだろうか。顔が妙に青白く、ぎょろりとした威圧感のある大きな目玉。酷い斜視であり、外国人のような高い鼻が印象的だった。
形容するならば『死神』を模した容姿である──。
鎌でも持たせてやれば、さぞかし似合うことだろう。やがて、男は不気味な足取りで近寄り、不遜な態度で話し掛けている。それに対し、長臣は嫌そうにタバコに火を点けると、此方に来るように手で合図を送るのだった。
再度、車はゆっくり走りだし倉庫棟へ近づいてゆく。
ミユキは用心を怠る様子もなく、背後に睨みを効かしている。慎重に進むのも、常に不測の事態を想定してるからなのだろう。一時たりとも気を抜かない姿勢から、左吉が村で教えられてきた戦闘訓練ともよく似ていた。
……多分、彼女もまた〝普通の〟一般的な女性ではないのだろう。
「ミユキさん、あの黒服の男性はご存知で?」
少し間を置いてから、ミユキは困惑気味に答える。「ええ、まあ……。何度がお目に掛かったことはありますけど……。主人にとっては古い馴染みのようですが……」
「へえ、古い馴染みですか?」
「ほら、さっき言っていた〝あいつら〟のことですよ」
と、ミユキは肩をあげて苦笑いをする。
──なるほど、これで多少の話が繋がった。
結局、考えることは皆一緒だというところか。向こうから勝手に出向いてくれたのであれば、左吉にとっても好都合……。カラスには悪いが、味方は一人でも多く連れ帰ってこいとも言われている。魔女の力も縁故も「使えるだけ使え」と、ヨウジの指示でもあった。
やがて、鈍いブレーキ音と共に停まる車……。
黒塗りの外車の横に駐車され、そのナンバープレートから察するに政府関連の公用車にも思えた。これと決まっているわけではないが、彼等が好む数字の傾向があるからだった。だとすれば、とんだ
次の刹那、車の窓ガラスをコンコンと叩く死神男の顔が入る。
いつの間にか近寄ってきたのか、ギョッとするような眼力の強さ。一度みれば二度と忘れない顔だ。それと同時に両目が酷い斜視であることもわかった。左吉が慌ててドアのロックを解除しようとすると、男は間髪入れず強引にドアを開けてきたのだった。
──「内務省調査室の〝
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます