壱の10

   *


 急ピッチで工事が進められる環状七号線。飛び交う怒号、舞う土埃り……。

 フル稼働する重機の数々。再来年の東京オリンピックに合わせて何処も彼処も忙殺されている。そんな年末特有の師走風景を横目に北の大地を目指す虎鉄一行は四号線へと入ってゆく。所謂「日光街道」と呼ばれる国道だった。

 江戸時代に設けられた五街道の内のひとつ。日本橋を起点とし、東北に向かうなら最も手って取り早い歴史ある街道でもある。あとは地図や標識を便りに、ひたすら北上すれば青森桟橋まで到着するだろう。

 ……その一方で、運転を任された志戸は車の性能に度肝を抜かれていた。

 軽やかなまでのハンドル。疲れを全く感じさせない上等な運転シート。路面の凹凸を緩衝する高性能なサスペンション。まるで雲の上を走ってるかのようだ。其れ等のどれひとつ取ってみても、現代車の常識を覆すような革新的技術の結晶でもあった。

 外装だけは四輪駆動車の形を模しているが中身はまるで別物──。

 助手席で地図片手に、進路指示に勤しむ景勝すら、乗り心地に目を白黒させるほど。特に空調機能が恐ろしく優秀なこと。センターパネルに設置してある光るモニターの未来感にも驚愕していた。一体この先、あと何十年生きればこのような装置にお目に掛かれるのだろうか……。

 その頃にはきっと、年老いた皺くちゃの爺様になっているだろう。

 とはいえ、こんな自動車を体験してしまっては、今後出てくるであろう新車の性能に落胆してしまうかもしれない。魔女の科学力は確かに素晴らしかったが、現代を生きる二人にとっては先の楽しみを奪われたような出来事だった。

 そんな二人の動揺をよそに、後部座席の虎鉄は携帯機器をずっと弄っている。

 見た感じは新手の通信機器のようにも思える。質感からしても明らかに既製品ではない。ただ、扱いに不慣れなのか操作を間違えては舌打を繰り返していた。

 景勝は何なのか試しに聞いてみたが、虎鉄は答えをはぐらかすばかり。

 それよりも「地図から目を離すな」と頻りに注意を促すのだった。だが、この機器には車のセンターパネルと同じ「光る画面」を搭載しており、非常に興味がそそられる。しかし、文字を送って誰と連絡をとっているのやら……。これもまた魔女からの支給品に違いなかった。

 そして、荷台スペースに積まれているキャンプ道具も然る事ながら、通常の宿泊施設を使うことは想定してないように思われる。出発の際に言われたことだが、人との接触は極力避け、隠密行動をとれとのこと。その為、青森にある青函連絡船までの道順もしっかり決められていた。

 ただ、最終的な目的地はハッキリしないらしく、北海道に向かえという命令だけ……。初日は途中で一泊してから、船が出港する青森桟橋に向かう手筈となった。とりあえず、今は仙台市内にある某所に向かっている最中だ。道は渋滞もなく順調そのもの。この調子なら日没までには到着することだろう。


 ──「仙台っていうと、ずんだ餅だっけか。あとは……」


 と、志戸は助手席にいる景勝に話を振る。地図と格闘しながらも、景勝は思いつく名産を何となく口ずさむ。「笹かまぼこと、牛タンとかだな」

「おっと、うまそうだな。牛か……。ところで、牛タンってなんだ?」

「なんだよ、知らねえのか。牛タンっていうのはなぁ……」

 そんな談笑を鼻で笑う景勝だったが、途中で答えにつまってしまう。

 牛肉のどこかの部位なのだけはうっすら分かる。だが、肉と言えば山で捕まえた鹿や猪のジビエを食してばかり。獲物の解体も婆様たち任せだ。そもそも、牛肉などあまりお目にかかれず、精々口にしたのは豚肉ぐらいだろう……。

 すると、後部座席の虎鉄が珍しく話に混ざる。

「──タンは、牛の舌の部位だ。二人とも食べたことないんか?」

「多分、食べたことないと思うんスけどねえ……」

 渋い顔で小首を傾げる景勝。次いで志戸が「牛タンって、そんな美味いんですか?」と興味津々になる。まだまだ若く、食べ盛りの志戸と景勝。これも折角の機会だろう。美味いものでも食わせてやれと、諸経費はカラスから受け取っている。何か滋養のあるものをと考えば、肉はうってつけの食材だった。

 そうして虎鉄は「仙台に着いたら、たらふく食わせてやるよ」と、気前よく約束する。「マジすかっ?」と一斉に声を合わせるふたり。役得とも言える待遇に〝待ってました〟と言わんばかりに生唾を飲み込むのだった。

 しかしながら、これもまた報酬の一環でもある。

 常に危険と隣り合わせの現場ではいつ命を落とすか分からない。故に、休息時のストレスの軽減は一番の優先事項でもあった。地方の名産物を腹一杯喰らい、睡眠や休憩を十分に取るのも仕事のうち。故に、遠慮などは一切不要なのだ……。

 ──もし、其れ等の配慮を怠るような雇用主であれば『途中で斬り捨てても良い』とも二人は教えられていた。ドクロもそれだけ組織の体面をかけて派遣している。〝決して安く使われるでない、安く見られるでない〟とも、婆様から釘を刺されていたのだった。

 ……とは言え、虎鉄とはそれ以上の信頼関係を構築している。

 組織以外では、唯一信用に値する人物でもあった。義理堅いとか、人情に厚いといった側面はなかったが、群を抜く戦略性や地頭の良さに二人は魅せられていたのだ。

 次に何をやってくれるのか、どんな知略や策略を張り巡らすのか。どうせ遣えるのであれば、より面白い奴がいい。虎鉄はそんな仄かな期待を持たせてくれる男だった。そして志戸と景勝が虎鉄と共に行動する理由はただひとつ……。

 逼迫したような状況下でも「より、楽しませてくれる」からだ。血湧き肉躍るような勝負を求めて日々彷徨っている。殺し合い上等、好戦的な二人にとっては狂気の沙汰ほど面白く、熱い修羅場は常に大歓迎だった。

「……でも、虎鉄さん。どうせなら仙台に寄らず、夜通し走って青森桟橋まで行くこともできるっスけど、どうしますか?」

「悪いが、そこは予定通りで頼む。仙台市内で落ち合う人間もいるんでな」

 景勝が透かさず問う。「だれか、仲間が増えるんですか?」

「いや、誰も増えやせんよ。ただ、魔女の遣いから渡したいブツがあるらしくてな。それを受けとるのさ。北海道に渡るにせよ、こっちもただの丸腰ってわけにはいかんからな」

 と、虎鉄は巫山戯て拳銃を撃つような仕草をみせた。その様子からして、これから向かう場所はそういう物騒なところだと断定できる。与える情報を小出しにされてる感じはあるが、それは虎鉄とて一緒なのだろう。

 ……となると、話からして元請け別がおり、虎鉄は精々下請け、我々ドクロの二人は二次請け、または三次請けという図式になる。また随分と舐められたものだ。しかし、存在感を示す為には少しでも手柄をあげるほかないだろう。

 天候は微妙だが、郊外に向かうにつれて交通量が徐々に減ってゆく──。

 目前に広がる土褐色の畑風景。木枯らしが吹き、本格的な冬の到来を告げている。暫くは東京の喧騒ともオサラバとなるだろう。ラジオから流れる流行曲を口ずさむ志戸。車内も暖かくなり、虎鉄は少し眠そうだ。再び、景勝は地図に目を落とし、丁寧に道順を再確認するのだった。

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