壱の6
暗い路地裏を抜けて、徒歩で駅から五分ぐらい離れると、廃屋や掘立て小屋が続く裏通りに出る。この辺りは、まだまだ戦後の面影が残っているようだ。
棲みついてる住人は、ロクな仕事もなく食い詰めた労働者や貧乏人ばかり。
「また陰気な場所だな、カっちゃん」
「失礼なこというなって。ここら一帯は虎鉄さんの縄張りだぞ?」
虎鉄が苦笑いをする。「構わねえよ。その通りの寂れた場所だからよ」
古びた電柱と電灯、錆びて赤茶けたバラック小屋の家々。いまにも倒壊しそうな鉄塔の向こうには、土手沿いに重機が並んでいる。工事が急ピッチで進んでいることから、早々に整地したい建設業者や議員たちの思惑が見え隠れしていた。
歩けば歩くほど、明るい駅前とは打って変わって街の暗部が明るみになるようだ。立ち退きを迫られる家が多く、その殆どが違法に居座っている……。ただ、将来的には大きく化ける可能性が十分にある土地でもあった。
……とは言え、食い詰めた住民を無理に追い出すこともできず、役所も手をこまねている現状。虎鉄はそんな間を仲介し、条件を引き出し、うまく話を纏める仕事をしていた。俗に言う、所謂「不動産ブローカー」と言うものだった。正直、褒めれるような生業ではない。
本来であれば、宅地取引員の免許資格を持つものがやるのが筋だろう。
だが、海千山千の猛者が集まり、地域でシノギを削るとなっては話が別だった。法律なんてもの所詮は絵に描いた餅に過ぎず、結局は金や暴力がものを言う世界なのだ。そんな連中を相手に法律だけで交渉するなど愚の骨頂……。どうぞ、殺してくださいと自己紹介しているようなものだった。
尤も、堅気な商売をすることもできたが、どうせやるなら愉快な方がいい。
そして、こればかりは生まれながらの性分なのだ。元々が生粋の博徒の血筋なのもある。親戚も含めて切った張ったのやくざ者ばかりだ。心の何処かで背中がヒリつくような熱い勝負を求めてしまっているのだろう……。
見上げれば曇天の空模様、建物の影が多く入り組み全体的に明るくはない。
波板で出来たトタン屋根が路地の上を覆っているせいもある。ドヤ街を彷彿させるような薄汚れた場所。そうして内に暫く歩いて行くと、景色も次第に寂しくなり、車庫らしき小屋が見えて来てきたのだった。
細い道路には所狭しと鉄屑や銅線が置いてあり、閉鎖された工場跡などもある。多分だが、既に再開発を見込んで買い占められた後の土地だろう。そうして、虎鉄は立ち入り禁止と書かれた空き地の縄を跨ぎ、車庫の裏側へと向かうのだった。
鉄の扉に掛けられた頑強な南京錠を外し、二人を車庫の中へと案内する。
陽はまだ高いとは言え、車庫内は薄暗く、外の様子を覗く小窓がある程度。申し訳なさ程度に小さな机と椅子が数脚置いてある。不安そうな表情をする二人をよそに、虎鉄は少し勿体ぶるように明かりをつけると、一台の車が真新しく姿を現したのだった。
「うおっ! ジープじゃないかっ? それとも、外車のチェロキーかっ? でも、なんか改造車ぽいぞ」
「カっちゃん。コレって、雑誌でみた四輪駆動車だよな?」
「だな、こんなとこでお目にかかれるとはな」
「はははっ! いやあ、うちのボロ車とは偉い違いだせっ!」
と青年二人がジープに駆け寄り途端にはしゃぎだす。
そんなに珍しい車ではないとは思うが、その外装を見つめる瞳は少年そのもの。運転席に鍵がついているのを見るや否や、物欲しそうに訴えかけるような目。仕方なさそうに虎鉄は頷くのだった。
志戸が運転席に乗り込み、ギアの遊び具合や機器を確かめる。さすが、昨今の若者といったところか、車には目がない。次いで、早速エンジンをかけてみて、二人は興奮気味に弄り出すだった。
正直、虎鉄は車のことなどあまり詳しくなかった。軍の諜報員時代はあれこれと知識を叩き込まれたものだが、すっかり忘れてしまったことばかり。それに、志戸は機械弄りが高じて工業高校に通っていたとも聞く。
廃車寸前の自動二輪車を修理して復活させ走らせただの、将来は自動車の整備工場をやりたいだの、そんな話を誇らし気にしていたぐらいだ。
車の免許も取ったばかりと聞いていたが、それだけ車が好きなのだろう。だからこそ、今回の仕事に誘ったのもある。序でに、先方からも若い助手が欲しいとの要望もあったからだった。
すると、景勝が車の窓から驚いたような顔を向ける。
志戸も同様にして、初めて目にする車内の装備に首を傾げていた。
……思った通り、曰く付きの車ではあるのは間違いなさそうだ。雪の厳しい北国では必須になるだろうと、長臣から借りたものだが、これで出元がハッキリとしたようなものだろう。
虎鉄は訝しげな顔で腕を組み、景勝に単刀直入に尋ねる。
「なあ、このジープってよ。なんか変なんだろ?」
「そうですね……。いや、変なんてもんじゃないス」
「やっぱり、二人もそう思うか?」
「まず、内装の質感からして違うかな。密閉度も高い。見た事もない部品ばかりで。これって、ボタン操作ひとつで窓ガラスが自動で開閉するんスね?」
今度は志戸の方に困惑した目線をむける。
「すげえスよ。ハンドルも異様に軽いし、そもそもエンジン音が静かすぎる。実際走ってみないと分からないけど、所々で電動化されてるみたいな感じだし……。いったい、このジープってなんなんですか?」
歩きながら首の後ろを撫でつつ、虎鉄は小窓から外の様子をじっと伺う。
慎重で疑り深い性格が垣間見えるようだ。再び、厳しそうな面持ちになり、少々言い出しにくそうな雰囲気がある。だが、ずっと黙っているわけにもいかず、せめて事情ぐらいは話しておいた方が良いかもしれない。
──「なあ、おまえら日本に来たっていう〝魔女〟の話は知ってるか?」
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