壱の7
運転席から顔を出し、真っ先に反応したのは志戸だった。やや嘲笑を含むような口ぶりから、冗談でも仄めかすような表情だ。
「ああっ、魔女ってあれスよね? 戦後に欧州から亡命してきたっていう。確か、政府や官僚と手を組んで米帝の占領軍と水面下でやり合ったとかなんとか……」
と、志戸は途中まで話してみたが、何故か妙な違和感を覚えた。どうも話が噛み合わない気がする。もしやまさか、と急に真面目な口調になったのだった。
「……ただ、これって都市伝説の類いだったような? 内務省が残ったのは、その時の名残りなんて噂もあるし……。でも、本当なんですかい?」
「だよな? まあ、世間一般ではそんな風に伝わってんだろう……とは、思っていたんだが……。それに、魔女の存在はきっぱり否定されている。大体、そんな与太話を誰が信じるんだって話だわな」
……と、虎鉄は今の話は忘れてくれと言わんばかりに手で振り払う。
分かりきった返答だったが、こればかりは実物を目にするまでは信じようがないだろう。なんせ自分ですら半信半疑だったのだから……。だが、しばらく押し黙っていた景勝が然も何か言いたげそうにしているのに気づく。
虎鉄は直ぐ様、景勝に話を振った。
「おい、カツ。なんか、心あたりでもあるんか?」
「……いやっ、少し言い難いけど。先代の婆さまから亡命してきた魔女の話を聴いたことがあって……。なんでも、飛び抜けた知識や科学力を持ってるとか? オレはてっきり、婆さまがボケてきたのかとばかり思ってたんだけど……」
透かさず、志戸が驚きで口を挟む。
「おいおい、本当かよっ! 俺は初耳だぞっ?」
「それなんだけどよ。ほら、例えばオレの使ってる義手や、おめえに付いてる義足ってあんだろ?」
次いで、景勝は後部座席から志戸の義足を意味ありげに指差す。
「ああっ? オレの義足がどうかしたのか?」
「これはな、その〝魔女〟が技術を提供して作ったって話なんだよ。妙に使い勝手がいいのはそのせいらしいぞ。普通はこんな風に都合よく動かないだろ?」
少々合点がいったのか、志戸が辿々しく口を噤む。
……確かに、自分が装着している義足は異様なまでに調子が良すぎたのだ。
とある古い名工の作品だとは聞いてはいたが、それにしては上手く出来過ぎてている。はたまたロスト・テクノロジーなのか。未だに動作する仕組みがよく分からないぐらいだった。
幼い頃から装着を義務付けられ、使い熟すまでは時間が掛かるものの、今や身体の一部と思えるほどまでに馴染んできてしまっている。それこそ、未知の技術もいいところだった。常々、不思議なことだと思ってはいたが、もしこれが事実ならば、魔女の存在も多少は頷ける話──。
何よりも「論より証拠」なのだ。この四輪駆動車にせよ、あまりにも未来志向的な造りになっている。それはまるで、数十年後の乗用車を強く連想させた。おそらく、外装だけがジープで中身は別物なのだろう。加えて、ダッシュボードやセンター・クラスターには別の機器が内蔵されている気配すらあった。
志戸は恐る恐る口を開く。「ほいじゃあ、なんスか? この車もその魔女たちから提供された代物って感じなんスかね?」
「……多分だけどな。ただ、俺も確証があるってわけでもねえからな」
「でも、そうでもしないと説明つかないっスよね?」
……等と景勝はまるで〝ヤバいブツ〟でも掴まされたような物言いをする。
それと同時にこれから向かう場所が如何に危険な場所かを暗示しているかのようでもある。安請け合いをしたわけではないが、二人の脳裏にも後悔の念が過ぎる。いくら組織での影響力を強めたかったと言えど、勇み足だったかもしれない……、と。
「……分かってると思うが、物見遊山に行くってわけじゃねえからよ」
景勝は深く承知したように言う。「当然っスよ、虎鉄さん。オレらだって覚悟の上で来てますから。変にガキ扱いはしないでくださいよ?」
「そうですよっ。高校生活、最後の三学期を潰して手伝うんスから。それに、オレらにとってはデビュー戦ですわ。どうせなら、社会に出る前に華々しく故郷に錦を飾りたいもんすね」
と、志戸も砕けた口ぶりで強く同意したのだった。
ドクロの里で鍛えられてるだけあって、なかなか腹が据わっている。とはいえ、これから向かう北の状況はそんなに芳しくはなかった。使える人間も少なく、向こうでは犠牲者が出てるという報告もある。
しかし『少数精鋭』の編成で挑む──。
これが先方から出されている最優先のオーダーでもあった。敵の裏をかくなら派手な動きは控えよという命令なのだろう。だが、現状は用意できる人材や戦力も限られている。いずれにせよ、どこかで武器や人員を調達し、補充しないとならなかった。
果たして、そこまで命を張るまでの価値はあるのか。そんな葛藤を幾度もなく繰り返し、今日に至ってしまったわけだ。ただ、逃げようと思えばできたはず……。
どうして、そうしなかったのか不思議でならない。これも、カラスである長臣の狂気じみた『先読み』に期待してしまっているせいなのか──。
大きな賭けにでなければと思いつつも、つい躊躇してしまう。そんな臆病な自分を鼓舞せようと、わざわざ呼び寄せた二人でもある。だが、もう始まってしまったからには仕方ない。虎鉄は調子良さそうに手を叩き、見栄を張るように自らを奮い立たせたのだった。
──「詳しい話はあとだ。とりあえず、荷物を詰めて出発するか」
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