壱の5

    *


 ──なんて、憂鬱で暗い空模様だろう。


 表利 虎鉄ひょうり こてつは、怠そうに曇天の空を見上げた。気温もみるみると下がり、指先はおろか身体の芯まで冷えてくる。吐く息も白く、そろそろ雪が舞ってきそうな雲行きでもある。今朝方、ラジオで聴いた天気予報はどうだったろうか……。

 霙や雨の予報も出てた気もする。こんなことなら、カラスからの仕事なんぞ断り、酒でもあおりながら温泉にでも浸かっていればよかったのだ。

 そして、今日はクリスマス・イブ。世間でも徐々に浸透しつつある催しだ。

 キリスト教徒でもない虎鉄こてつにとっては関係ない話ではあるものの、浮き足立つ駅前商店街を眺めるのは悪くはない。やれ鬼畜米英だ、一億玉砕だと騒いでいた割には、戦争に敗れた途端に手のひらを返し。その変わり身も早かった。

 神経の図太さたるや否や、日本人としての強かさを示しているかのようでもある。生きる残るのは強い者ではなく、変化や環境に順応できた者のみが時代の勝者となるのだ……。世間は、そう訴えているかのようでもあった。

 大通りの両端を彩るサンタやトナカイの置物。周りを見渡せば装飾品でまつったクリスマス・ツリーを目立たせ、洋菓子店で苺のケーキ菓子を売り捌いている。まるで、そんな戦争などは一切無かったかのよう……。華やかに賑わう街並み、あと一週間もすれば、待ちに待った正月がやってくるのだった。

 しかしながら、来年の年明けは例年通りの休みとはいかないだろう。

 今年は何かと暇でのんびりと過ごしていたが、ここにきて予想だにしない連絡が入ったのだ。しかも、カラスの〝長臣ながおみ〟からである。こうともなれば、輪を掛けて不吉な予感しかしない。だが、高額な報酬に釣られて、つい承諾してしまった。なんせ、今の世の中は金がモノを言わせるのだ。

 近年に入り、日本の経済成長は著しく、大きく儲けるなら今がチャンス。

 だが、この絶好の機会を活かすには先立つものが必要となる……。一年半後は東京オリンピックも控え、猫も杓子も好景気に沸いている。その為には、是が非でも纏まった金が欲しかったのだ。

 無論、雇用主が『魔女』だと分かっていれば最初から断っていた話でもあったが、気付いた時には後の祭り。あれよあれよと、カラスの口車に乗せられてしまった。更に、大きな問題のとして、一つ間違えれば命を落としかねない『汚れ仕事』でもあること……。

 そんな辛辣な背景をよそに、虎鉄は駅前ロータリーに設置している柱時計に目を配り、腕時計でも時間を確認する。待ち合わせは時間厳守が絶対。いくら気心が知れた仲間だっとしても、簡単に信頼を損なってしまう。余程な理由が限り、遅刻というのは大変な失礼にあたってしまうのだ。

 そして、そろそろ始末屋でもある〝ドクロ〟から呼び寄せた若い二人組が到着する頃だろうか……。虎鉄はなるべく上機嫌な笑顔を作り、煙草たばこを蒸かしながら改札口の方へと向かった。

 ──丁度、電車が到着したようで駅の連絡橋から渡ってくる人影が見える。

 平日の昼間なのもあり、改札からでてくる人間も疏らだ。駅北口の出口はここしかなく、直ぐ彼等が来るのも分かるだろう。虎鉄は尻のポケットに挿してある新聞紙を取り出し、読むふりをしながら柱の陰に身を潜める。

 わざわざ隠れる必要もないのだが、戦中は諜報部隊にいた時の名残もあり、目立つことあまり良しとしなかった。身体に染みついた長年の習慣とは恐ろしいもので、こうでもしてないと、なかなか落ち着けるものではない……。

 暫くすると、騒がしい感じでドクロの二人組が階段を下って改札口から出てくる。大きなザックを背負つて鞄を抱え、行き交う人に睨みを効かせている具合だ。矢鱈と粋がっているのも、若さのせいもあるのだろう。しかし、今日日の筋者でもあるまいし、まだまだ指導や教育が足りてなさそうだった。

 そんな二人は、一度目にすれば忘れられない身体的特徴をしている。

 一人の男は左腕が『義手』だった。頭を短く丸め、目つきは悪く、細い一重。太い眉毛に若干、鉤鼻ぽい。身体つきは筋肉質であり、此方の指示通りに厚手の防寒着を着ていた。器用に義手を扱い、軽々と重い荷物を持っている。

 ──そして、後に続くもう一人の若者は右膝から下の脚が『義足』であった。服装は昔の学生を彷彿させるようなバンカラマントを羽織っていた。

 細身だが、百八十センチをゆうに超える身長に、堀の深い外国人のような顔つき……。更に、義足であることを全く感じさせないような自然な足取り。階段のようなバランスの悪い場所でも不自然もなく下りてくるのだった。

 二人が改札から出たところを伺って、虎鉄は柱から照れ臭そうに姿を現すと、新聞を縦に丸めて、軽く振ってみせる。案の定、義手の青年が虎鉄の存在に直ぐ気付き、明るく声を掛けたのだった。

「どうも、虎鉄さん。お久しぶりですっ」

「おうっ、カツ。元気そうだな」

 そう言われると「カツ」と呼ばれた義手の青年は平身低頭で挨拶をする。

 彼は「熊耳 景勝くまがみ かげかつ」と言う名の青年だ。歳は十八になる。景勝が『青海の悪童』として名を轟かせていた頃からの付き合いで、昔から誼みにしているドクロと言う組織では頭角を現してきた若者の一人でもあった。

 ──次いで、その背後に立っているのが「高原 志戸たかはら しど」。以前、景勝と共に仕事をした親しい間柄でもある。この二人は同級生であり、何をするにも常に連んでいたほどだ。互いの欠点を庇い合うように助け合ってきた友でもあった。

「よう、シドっ! おまえさんも、よく来てくれたなっ!」

「半年ぶりですね。あんじょう、お世話になります」

「おうっ、こちらこそな。今日からよろしく頼むぞっ」

 と景勝の横から首を伸ばすと、志戸が頭を深々と下げる。

 また身長が伸びたのか、少々見上げる感じになってしまった。虎鉄の身長は百六十センチにも満たなかった為、志戸の高身長が羨ましい限り。顔色もよく、栄養状態も万全。健康に気を遣い、身体に良いものを食べていそうだった。

 早速、虎鉄は「車庫に車が停めてあるからよ」と、景勝と志戸を連れ出す。

 ただでさえ目立つ二人だ。ひと気の多いところでは長居をせず、さっさと移動するのが鉄則。壁に耳あり障子に目あり。どこの誰が見ているか分からないからだ。加えて、決して遊びに行くわけではなかった。

 そして、どちらかと言えば「戦地」に赴くようなもの……。

 果たして、この青年はどこまで事情が分かっているのだろうか。

 ドクロのババアどももそれを鑑みての人選だったに違いなく、何だかんだと、差別や偏見は避けられないもの。別に死んでくれても構わないと言わんばかりにこの二人を寄越している。

 正直、不憫で癪に触る話だ。それとも、期待をしているのか。

 ただ、二人にとっても、これは千載一遇のチャンスにも繋がるはず……。虎鉄は沸き上がる苛立ちの感情をグッと堪え、煙草を咥えてマッチで火をつける。指先が微かに震え、柄にもなく緊張しているようだった。

 吸い込んだ煙で心を落ち着かせ、暢気な顔で付いてくる二人を背中で捉えつつ、意地でもドクロの村に返してやらねばと、再度心に誓うのだった。

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