壱の4

 うつむき加減で心情を吐露するかのように話すと、長臣の大きな目が無言のまま丸くする。どう反応して良いものなのか、途端に首を捻るのだ。ひょっとしたら、冗談の類いだったのだろうか。少々先走ってしまった気もする。

 しかし、長臣は考え込むように腕を組んで言う。

「……いやはや、噂が本当だったとはね。不思議な人間がいるもんだ。だが、そんな驚きもしねえかな」

「はぁ──。そんなに驚きは……しないですか?」

 左吉はきょとんとした少年のような瞳を返す。

「……でも、何故です?」

「いまさっき、お前さんが話しただろ。〝魔女〟の存在があるからだよ」

 なんとも嫌そうに、長臣は傍迷惑そうな感じで言う。若頭のヨウジもそうだが、魔女と直接関わりある者は皆似たような反応を示す。一体、何をやらかしているのか分からぬが、それだけ魔女は一癖も二癖もある連中なのだろう。具体的なことは何一つとして知らされていなかっただけに薄気味悪かった。

「あの、魔女ってどんな人達なんですか。そろそろ教えてくださいよ」

「ええっ? ああ……。そうだな……」

 と、またしてもバツが悪そうに視線を逸らす。

「まあ、見た目だけは美人ばかりだな。白人の別嬪べっぴんさんばかりでよ。おまけに何百年も生きるって話しだ。それでいて、生涯を通して若い姿を留めるらしい」

「……ってことは、ほぼ不老に近いってことじゃないですか?」

 ひと息置いてから、左吉は疑問を被せるような言い方をする。

「それ、本当なんですか?」

「だよな? にわかには信じられん話だ」

 長臣は何とも興味がなさそうに言うと、蒟蒻の煮物を口に頬張り麦酒で喉に流し込む。あまり話の間が持てないというのもあり、左吉も同じようにちくわに手をつける。割と好みの味付けだ。甘辛い味付けが口一杯に広がる。

「とりあえず、これから魔女の何人かには会えるはずだからよ」

「それって、直接聴いたほうがいいってことですかね?」

 箸で煮物をつつきながら、長臣は甲乙つけがたいような微妙な表情をする。

 察するに、彼女らに余計なことは喋らないほうが良さそうな様相……。すると、何かを思い出したかのように再び聞き返すのだった。

「……でもよ、なんでおまえさんはこの時期になっても動けんだ? 冬眠するなら、時期的にも寝る準備や支度をしないと不味いだろう?」

 左吉は麦酒を口にしながら残念そうに言う。

「それなら、心配無用です。それに、僕はその……。『冬守ふゆもり』の血筋なんで冬には眠らないのです」

「ふ、ふゆもり? ……って、いったいなんのことだっ?」

「ええと、簡単に言えばですね……。要は、自分の場合は皆とは逆なんです。体質が逆さまなんです。通常は冬から春先にかけて眠るのに対して、春から秋口にかけて眠るって感じですかね……」

「なんだい、またあべこべな話だな」

「冬の間、皆を守る大事な役目なのはわかってます。同じ『ネムラズ』の民なのですが、運が悪かったのですかね。全く面目ないです──」

 等と、済まなそうに頭を掻く。左吉は何も悪くないはずだが、その顔から申し訳なさが消えることはない。同情するわけではないが、役目としての生活では自制を強いられてきた背景がうっすらと浮かび上がった。

「……そうか。それでおまえさんがつかいとして来たのか。しかし、その冬守っていう奴は他にもいなかったのか?」

「わかります。此処に来るにせよ、

 ──と、少し歯に噛んでから喉を潤す程度に麦酒を口に含む。左吉は、膝上で拳を握りしめ、話の要点を掻い摘むように話を続ける。

「本来なら、冬守の爺様たちが行くのが筋だったんですが、昨年にぽっくり逝っちまいまして……。もう、村に残っている冬守は何人も残ってないんです」

 長臣は、呑む手止めて怪訝な視線を寄越す。「……なんだって? 随分と数が減っているじゃないか?」

「とにかく、冬場を越す人手も足りない状態でして……」

 口調からして、左吉の村は芳しくない状況だと思われた。しかし、似たようなことは何度となく経験している。長臣は相槌を打ちつつ、ある程度の予測を立てながら言葉を返した。

「そうか……、概ね了解した。聴いてた話とは、ちと違うがなんとかしよう。明日にでも詳しい話を聞かせてくれ。こっちも人手を調整しないといけないんでな」

「すみません。お手数をおかけます」

 ──多分だが、昨年の越冬中の村里で何かあったのだろう。

 本人の口から多くを語らずとも如実に伝わってくるものがある。やるべき仕事とはいえ、なかなか難儀な役回り。長臣はその感情を憚るように左吉のグラスに麦酒を注いだ。

 すると、今しがた調理を終えた店主が横から丼を置く。ゆらゆらと白い湯気が立つ熱々のカツ丼。黄身がテラテラと光り、如何にも美味そうだ。その匂いに思わず生唾を呑み込み、左吉は伺うようにして店主の顔を覗いた。

 長臣は軽く店主に礼をする。「悪いな、飯まで作ってもらっちまって」

「いいってことよ。冷めないうちに、はやく食いな」

 店主は自らの禿頭を撫でて無愛想に去ってゆく。大きな身体をしているが、繊細な調理をする人だ。早速、箸を手に取り、左吉は丼の前で合掌をする。「頂きます」と、頭を下げ、感謝の念を述べてからカツ丼に食らいつく。

 若さとは素晴らしいもの。左吉もまだ二十歳そこそこのはず。

 既に中年に差し掛かっている長臣に比べれば羨ましいほどの食欲だ。「よく噛んで、ゆっくり食えよ」と屈託なく話す長臣に無言で頷きながら食す。まるで子犬のような貪り方……。北海道の山奥では、あまりお目にかかれない料理というのもありそうだった。

 次いで、手元の携帯機器が震える。左吉はカツ丼に夢中で気づいてはいない。

 長臣は視線を落とし、返信されてきた電文を確認する。どうやら、あと二十分ほどで迎えの車がきそうだ。今日も今日とて、のんびりできそうもない。グラスに麦酒を継ぎ足し、沸々と浮かぶ金色の泡を見ながら力無く噯気あいきをした。

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