第2話 私、なんで泣いたんだろう?

中学校は、3年ではクラス替えがない。残念だ。後一年、アイツと一緒のクラスにいなければならない。




「るーるる!!おはよう♡」


「相変わらず…語尾に♡が付いてる気がするのは気のせい?」


「るるるは千里眼でもあるの?でも、そんなとこもすき」


(あ、これマジで言ってる…きっと、語尾に♡、ついてない…)


私は、心の中で思った。口に出したら、絶対、嬉しい顔、するんだ。この人…。って。




ある日、私は、聴いてみた。ずーっと、聴きたかったこと。聴かなきゃいけなかったこと。


「ねぇ、鍋島君。聴いて良いかな?」


「なぁに?るるる」


やっぱり、自分の席でもないのに、私の隣に座って、男の子のくせに、綺麗な指をして、ちょっとリップしてて、髪なんか、サラサラで…。そして、あざとい弟みたいなキャラなくせして、びっくらするほど色気のある表情で私を見つめる。


「…やっぱ…いいや…」


「えー、なぁに?きになるぅ」


すかれる憶えがない。どうしよう。こんなの、幻で、実はからかわれてるだけで、クラス中…いや、学校中で私のこと笑ってたら…。


そう…思ってしまって、いつも、聴けないまま、可愛い鍋島君を、『気持ち悪い』って、言い聞かす。その度、


(いつ、私、鍋島君のこと…すきになっちゃうんだろう…?)


って、怖くなる。だから、なるべく、『気持ち悪い』って思うようにしてる。『なよなよしてる』って思うようにしてる。『男らしくない』って思うようにしてる。『こんな人絶対私のことからかってるだけ』って、どんどん、自分を卑下していく自分が生まれて、どうしたら良いか、分からなくなる。




「るるる?」


「!」


すり…。


「!!??」


「泣いて良いよ?僕、横でみんなの視線、隠すから。るるるの涙、拭いたげるから」


突然泣き出した私に、慌てる様子もなく、セーターの裾を私の瞳の下に静かにおいて、こすらず、こんな、綺麗でもない肌を、守ってくれてるみたいに、優しく、ずーっと、セーターと、指が、同時に私の頬に触れる。


涙が、だんだん、大粒になる。でも、慌てない。セーターを捲し上げて、親指で、綺麗な、綺麗な、親指で、次は、指5本と手の甲まで使って、私の止まらない涙を拭う。それでも、私の意味不明な涙は止まらない。


「るるる、ちょっと、下向いて」


「え?」


そう言うと、鍋島君は、私の手を引っ張って、教室の外へと私をいざなった。そのまま、階段の踊り場まで来ると、私を、ぎゅっ…ってした―――…。こんなところで私をぎゅってしても、誰も見てないよ?みんな、私のこと、馬鹿に出来ないよ?学校中で私を騙してても、こんな誰もいない所じゃ、意味ないよ?


そう思ってたら、もう涙、止まんなくて…。





「なんか、悲しいことでもあったの?るるる」


優しい包容と、優しい言葉、これ、何?


「なんでもないよ…。でも、鍋島君は、私のことをすきでいない方が良いと思う」


「なんで?」


「私は…永遠に、鍋島君の好意に応えられないと思うから…」


「そんなこと、わかんないよ?僕、高校も、るるると同じところ、受けるつもりだし」


「え!?本気!?」


涙が、止まった―――…。


「えー…なんでそこで泣くのやめるの?嬉しくて、泣き続ける所じゃないのぉ?」


私のほっぺを、少しも痛くないよう、つねって、鍋島君は頬を膨らませた。この、あざとい男め…。でも、ハンドクリーム、つけてんだな…って思ったら、やっぱり『気持ち悪い』って思うようにした。私の手なんか、荒れ放題なのに…。


「教室…もう…戻ろう」


「…なんで、泣いちゃったの?」


「…かばってくれて、ありがとう。助かった。でも、何でもないから。ちょっと、ね、」


「うん!戻ろっか!!」


「キャッ!」


鍋島君は、私の手をまた、ぎゅって握りしめて、教室に戻ろうとした。私は慌てて立ち止まって、手を離した。


「そ、それは…良いから…」


「ん?」


「て、要らない」


「…恥ずかしがり屋さんだぁ♡」


「その♡は…やめてくれないかな?」


「やめない♡いこ…。う~ん…僕、先、戻ってるね」


(そう言うことも…出来るの…)




怖くなった。本気で、鍋島君を、すきになってしまいそうで…。イヤ、ないし。絶対ないし。イヤイヤ、それこそ、シンデレラもどきにも成れない、只の、地味な女だし?


(あーあ…泣きそう…。やっぱ、もうちょっと、踊り場にいよう…一時間目、休んじゃおう…)


「僕も付き合うよ?さぼり」


「!?き!教室…戻ったんじゃなかったの…」


「あとで、2人で怒られようね♡」


「そうだね…。でも、怒られるのは、私だけでいい。私、ちゃんと、先生に説明するから。安心して」


「そんなこと出来ないよ。2人でなら、ちょっと遊んでた、って言えるけど、るるるだけがさぼるって言った、なんて言ったら、るるるが泣いたことバレるじゃん!そしたら、るるるが泣いた理由、聴かれるじゃん。そしたら、るるる…困るじゃん?」


「…そう…だけど…。そうしなきゃ、鍋島君はどういう理由を…」


「僕が、るるるといたかったから、強引にサボったって言う」


「は!?ばっかじゃないの!?そんなこと、させられるわけないじゃん!!私が泣いたのがいけないのに!」


「いけない?」


階段の、1番上の段に2人で座って、鍋島君の突拍子もない発言に、鍋島君の方を向くと、鍋島君は、私を見て、首を斜めにして、膝に肘をついて、頬杖ついて、……私の小指を握った―――…。

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