君の声が甘ったるいから

第1話 頭ポンポンするような奴に、私はすかれた。

「るーるる!おはよぅ」


私の隣の席でもないくせに、隣の席に居座って、セーターの袖を手の平まで持ってきて、その手に頬を乗っけて、にっこり微笑む。


「…それ、辞めてって言ってるよね?」


「るるるが可愛いから」


朝から、小学生みたいな甘ったるい声で、そいつは私をと呼ぶ。


私の名前は、小石川瑠祢こいしかわるね。この、まさに甘ったるい声で、毎朝私をと呼ぶ犯人。鍋島航大なべしまこうだい。こいつに好かれて、はや、2年。こいつは、モテル。そんな奴に、好かれる憶えは、全くないのだけれど。


「ねぇ、るるる、僕のこと、すきにならない?」


「ならない」


「ふふふ。怒ってる顔も可愛いね」


「怒ってない。てか、もし怒ってるって思うなら、さっさと自分の席行ってよ。紀平きひら君が困るでしょ?」


紀平君。私の席の本当の隣の席の人。さっきから、教室の入り口でウロウロしてる。


「あぁ…、そうだね。…先生に…」


「ん?」


「席替え頼んでみようか。るるる♡」


?と聞いた、自分が嫌になった。相手にしなきゃよかった。と、思った。



鍋島航大に好かれた理由は、正直、よく分からない。だって、何もしてないから。自分で言うと悲しくなるけど、私は、特別可愛くないし、友達も少ない。ツンケンしてる、性格のせいかな?って、勝手に思ってる。なのに、最近よく街に出回る、弟あざとい系の鍋島君が、ある日突然、私に話しかけて来た。


「るるる」


「…」


「るーるる」


「…」


「るるるってば」


「…私?」


相当、気付くのに時間がかかった。クラスでも、てか、中学校全体でも、人気のある鍋島君が、何故、私に話しかけているのか、私には、意味が分からなかった。


「るるる…って何?」


「瑠祢ちゃんのニックネーム♡」


「…語尾に…♡がついてそうだね…なんか…すんごく気持ち悪いんだけど…」


「あ、♡、つけてた!!よくわかったね!!るるる!!」


『気持ちが悪い』と言う所は、吹っ飛ばしたようだ。


「ねぇ、るるるって、すきな人とかいるの?」


「いないけど…。るるるって何?」


「だから、ニックネーム!!」


「…やめてくれない?私、そんながらじゃないし」


「えー…可愛いのにぃ…」


流石、あざとい系の男だ。その腰を机の横に降ろすと、セーターを手の平の真ん中まで引っ張って、口元まで机の下に隠して、上目遣いで、私をみた。


「るるる、僕の彼女になってくれない?」


「「「えぇえええええ―――!!!???」」」


(…)


教室中、女子の悲鳴で爆発した。


「なんで?航大君!!」


「え?るるるがすきだから」


「でも!瑠祢は可愛くな…あ!や!じゃ、なくて…」


「そいうの、めっちゃ最悪」


その時の、鍋島君の顔は、一生、忘れないと思う。ちょっと…嬉しかった。でも、すきにはならない。だって、こんな人、私に本気なはずがない。どうせ、小学校から…いや、幼稚園からモテてたんでしょ?私は1人で泥団子作って遊んでいたと言うのに…。友達1人いなくてさ…。


でも、その時だけは、鍋島君の言葉は、嬉しかったんだ…。


それから、鍋島君の私への猛烈なアタックが始まった。毎朝隣の席の人のことは考えもせず、授業直前までそこに居座る。何度辞めてと言っても、私をと呼ぶ。


1つ、救いがあるとしたら、鍋島君のファンの子たちが、私に嫌がらせをしてこない、ということ。鍋島君が、それを、極端に嫌う人だったから。


『めっちゃ最悪』


と呼ばれた女の子は、可哀想なくらい、鍋島君に無視され続けている。


「ごめんなさい」「もう言いません」「あんなこと本当は思ってません」


そんな言葉で、その子は、何度も鍋島君に謝ろうとした。しかし、鍋島君は、その子が自分の方へ向かって来ようとするだけで、すんごい睨み方で、その子を寄せ付けなかった。


私は、それは、自分のせいだから、何となくそこまでされると、その子が可哀想な気がしてきた。だから、言った。


「鍋島君。るるるって呼ばせてあげるから(ダメって言ってもずーっと呼ばれ続けてるけど…)、磯部いぞべさん、赦してあげなよ」


「でも、人のこと、可愛くないとか、平気で言う人、僕、嫌いなんだよ」


「だけど、すきで出ちゃった言葉でしょ?私から言わせると、って呼んでくる鍋島君と、さして変わらないんだけど…」


「え!?そうなの!?僕、るるるに嫌われてるの!?」


「…嫌っては…いないけど…。でも、私は、心の広い人が良いと思う」


るるるって呼ばせることを赦したわけでもないのに、広い心を持ってる訳でもないのに、私は、偉そうに言ってしまった。そして、その私の心を読むかのように、鍋島君は言った。


「じゃあ、あの子赦したら、るるるって呼ぶのも、赦してくれる?」


相変わらずの上目遣い。


「…うん…赦す…」


「分かった!!」




その後、例の女の子に、何やら話しかけて、その子は泣いていた。すると、鍋島君は、その子の頭を、ポンポンと(マジでやる人居るんだ…)撫で、私の方へ振り向き、私を指さした。すると、『可愛くない』発言をした女の子が、静々と私の方へ寄って来た。


「ごめん、瑠祢…。あの時は…本当に、ごめんなさい!!」


と、深々と頭を下げた。


「良かったね。頭、ポンポン」


「…。うん…」






遠くで、鍋島君が微笑んでいる。…実は、結構いい奴なのかな?

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