第18話 ベルゼバブとの戦い
一気に距離をつめ剣を振り下ろす。
甲高い金属のぶつかる音があたりに響く。
「あら、いきなりだなんて乱暴ね」
ベルゼバブは俺の剣を腕の甲冑で涼しげに受けた。
「くっ!」
やはりレベル差50は相当の実力差だ。
俺は道具袋からキングコボルドの斧を取り出した。
キングコボルドの斧を右手に装備するイメージ。
それだけで剣が青い光の粒となり道具袋に吸い込まれた。
右手にはキングコボルドの斧が装備されている。
「とらあああああ!」
キングコボルドの斧は300キロほどの重さがあるが、今の俺のレベルだと軽々と振り回せる。
今の俺なら1秒に500回ほど攻撃を繰り出せる。
「いくぞ!」
必死な俺に対しベルゼバブは余裕で落ち着いている。
次々と繰り出す俺は腕の甲冑でガードされる。
「うん。すごいですよ。わたくしが両手を使うことになるなんてね」
ベルゼバブは子供を諭すように言った。
「ぐっ、あっ」
次の瞬間。
ベルゼバブの顔は歪み目を見開き動きを止めた。
「油断したな!」
俺は勝利を確信しベルゼバブへと言い放った。
ベルゼバブは俺が切り落とした右腕を呆然と見つめたまま動かない。
「このキングコボルドの斧は255分の1の確立で攻撃力が倍になる。つまり255回も振り回せば1回は攻撃力が倍になるってことだ」
俺の解説を拒否するようにベルゼバブは睨みつけてきた。
「油断しましたよ。貴方が、いえ、人間がここまでやるとはね」
俺が右腕を切り飛ばした事でベルゼバブは明らかに弱っている。
――――――――――――――――――――
【ベルゼバブ】
・討伐推奨レベル:220
・スキル:クイーンフライに分裂統合
――――――――――――――――――――
このまま攻めれば終わりだ。
一気に間をつめキングコボルドの斧を振り下ろした。
が、目の前でベルゼバブは黒い物体へと霧散した。
――――――――――――――――――――
【クイーンフライ】
・討伐推奨レベル:35
・スキル:食人バエ召喚。
――――――――――――――――――――
空を覆うほどの大量のクイーンフライ。
「いったいなにが!」
俺が思わず口にした瞬間、ベルゼバブの声があたりに響いた。
「わたくしの能力はクイーンフライへの分裂です。それではいきますよ」
大量のクイーンフライが次々と襲ってくる。
だが、分裂した所で1体の強さはたいしたことはない。
むしろ、1体の時よりもずいぶん楽だ。
次々とクイーンフライを叩き落とす。
「ベルゼバブよ! 相当追いつめられてるな!」
数さえ増えれば有利になる短絡的発想。
相当追いつめられている証拠だ。
「さあ、どうでしょうね」
大量のクイーンフライは空中の一点に集まると青い光を放った。
ベルゼバブが腕を組んだまま空中に浮遊している。
ベルゼバブは冷たい目で俺を見下ろした。
「な、なんだと!」
俺はベルゼバブを見て背中に死の気配を感じた。
――――――――――――――――――――
【ベルゼバブ】
・討伐推奨レベル:300
・スキル:クイーンフライに分裂統合
――――――――――――――――――――
全ステータスが回復し推奨討伐レベルは300。
「ま、まさか……」
「わたくしの能力は分裂そして元に戻ることで全ステータスが回復するのです。
分裂した時に全て同時に倒すことが出来れば勝機はあるかもしれませんね」
ベルゼバブは高笑いした。
分裂した時のクイーンフライの数は、おそらく1000体は下らない。
とてもじゃないが同時殲滅なんて出来ない。
「では、イキますよ」
ベルゼバブは再びクイーンフライに分裂し襲ってきた。
次々とせめてくるクイーンフライを叩き落とす。
「うぐっ!」
次々と遅いくるクイーンフライの攻撃が俺の脇をかすめた。
クイーンフライ自体のレベルは高くないためHPが数ポイント削られるだけだ。
「くっ! 数が多すぎる」
---
1時間は経過しただろうか。
俺のHPは半分にまで削られてしまった。
「いいお顔ですよ。その苦悶にみちた絶望的な表情。わたくしの大好物です」
ベルゼバブは俺を見下ろし余裕だ。
ベルゼバブはクイーンフライに分裂して俺を襲う。
クイーンフライの数が半分ほどになった所で空中でベルゼバブに戻りステータス回復。
ヒットアンドアウェイを繰り返す。
1体の時に俺のキングコボルドの一撃が入るのを警戒しているのだろう。
そして、徐々に弱っていく俺を楽しみながら痛ぶっているのだろう。
「くそっ!」
俺はベルゼバブをにらみつけた。
「まあ、必死なお顔。もっと遊んでさしあげますよ」
ベルゼバブはそう言うとクイーンフライに分裂し一気に襲ってきた。
これまで無いほどに一気にクイーンフライが俺に向かってくる。
「かかったな! クイーンフライ!」
俺はクイーンフライと叫ぶと同時に道具袋を目の前にかざした。
襲い来る目の前のクイーンフライが青く光り霧散し道具袋へと吸い込まれた。
俺の周囲、100メートルほど。
クイーンフライ数百体が消えた。
クイーンフライは空中で渦をなすとベルゼバブへと戻った。
「いったい何をやるかと思えば。同時に300体ほど消すとね。ですが無駄ですよ。こうやって全て元通り……」
ベルゼバブは異変に気づいたのか驚いた表情で固まった。
――――――――――――――――――――
【ベルゼバブ】
・討伐推奨レベル:150
・スキル:クイーンフライに分裂統合
――――――――――――――――――――
俺はキングコボルドの斧で驚くベルゼバブへ突撃した。
「ま、まさか。ま、まさか。なぜ」
同様するベルゼバブへ次々と斬撃を叩き込む。
「俺の道具袋の中でお前の一部は生きている。だから元に戻らないんだろう」
俺の会心の一撃がベルゼバブの胴へと入った。
「ぐわあああああああ。こんな。こんな。こんな」
ベルゼバブは断末魔をあげた。
青い光へと霧散すると消え去った。
塔の中の広いフロアーは何もなかったかのように静まり返った。
「今回は危なかった。まだまだレベルアップが必要だ」
俺は安堵すると共に、あらためてより強くなる必要性を感じた。
「えっ!?」
この気配は!?
どこからともなく現れたクイーンフライが目の前で集まるとベルゼバブへと変容した。
「おみごとです」
先程までのベルゼバブと少し違う。
より落ち着いているというか静かだ。
何より相手の強さが見えない。
つまり今の俺より数段強さが上。
「わたくしの分身は、どうもすぐに感情的になり下品でよくないですね」
「ど、どういうことだ?」
「先程までの者は、わたくしが作り出した分身体。ご存知の通りクイーンフライで作り上げた偽物です」
レベル300のベルゼバブがレベル30程度のクイーンフライに分裂するのに10体よりも遥かに多い数になっていた。
おかしいと思ったらこういう事だったのか。
おそらくベルゼバブ本体は分裂した数ほどのレベルがあるのだろう。
数千と言ったところか……
孤児院を救うことが出来なかった。
ミキにも会うことが出来ない……。
「貴方がここへ来た理由はわかっています」
ベルゼバブは俺の目の前に来るとそう言った。
「まさか人間が、あたくし達、異世界の者のために命をかけるとは思いもよりませんでしたよ。
元々あたくしもあの孤児院を取り壊すのは気がすすまなかったのです。
これまで通り孤児院を残すよう、あたくしが責任を持って約束しましょう」
「え?」
孤児院を取り壊すのに気がすすまなかった?
取り壊さない?
俺が質問を投げかけようとしたが目の前には誰も居なかった。
そしてフロアーは静まり返っていた。
---
「ヒサシ、何としてでもあの孤児院を守りたいの」
ミキは俺に決意を表明するように力強く言った。
「ああ、もちろん」
俺はザ・タワーから戻るとミキと合流し孤児院へと向かった。
孤児院へ到着すると院長のおばあちゃんが駆け寄ってきた。
「ああ! おふたりとも! ちょうどよかった!」
おばあちゃんは嬉しそうだ。
「どうかしたんですか?」
ミキは孤児院を守るという決意のためか、いつもより険しい表情だ。
「この孤児院は残されることになったんだよ!」
「えっ!?」
ミキの表情が一気にやわらいだ。
「未来永劫、ここは利用していいと許可が出たんだってさ!」
「よかった! よかった!」
ミキは緊張がとけて安心したのか、うれしいのか、泣きながらおばあちゃんと抱き合っている。
「本当に……」
俺はつぶやき、ベルゼバブのことが頭をよぎった。
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