第3話 スライムの掃除屋(スライムクリーナー)
「どうしたの? 元気無いんじゃない? 朝ごはんも全然食べてないし」
かあさんが心配そうに声をかけてきた。
「いや、ちょっと食欲無くて……。もう出ないと行けないから……」
俺はこの場を離れたくて仕方なかった。
「今日から春休みじゃないの?」
「うん。そうなんだけど昨日クラス分け試験受けて今日から俺も冒険者のはしくれなんだ」
「あら、そうだったわね。南池袋公園のスライムを倒すのね。おかあさんも見にいっちゃおうかしら」
「いいよ! 来なくて。それじゃ、出かけるから」
母さんの後ろから引き止める声を無視して俺は外へ出た。
異世界パンデミック
母さんは、その時から1人で俺を育ててくれた。
できるだけ心配はかけたくない。
何より今は恥ずかしくて顔を合わせていられない。
「冒険者になったら母さん楽にしてやるよ」なんて言ってた自分をのろいたい。
公園につくと小さな子どもやお年寄り、カップルばかりで平和そのものだ。
一角にあるドーム状の金網で囲まれた中にスライムが1匹発生している。
スライム討伐は、俺達の学校のレベル1になった生徒の仕事なのだが誰も居ない。
スライムは弱いし経験値も少ないし、みんなレベルアップしたいので他の強い魔物が発生する場所へ行ってしまうのだ。
スライムをほうっておくと、どんどん増えて水道管なんかにつまってしまうので誰かが討伐しないといけない。
しかし、弱くて経験値は1と少ないので誰もやりたがらない。
「とりゃっ!」
昨日学校で支給された剣でスライムを叩くと1メートルほど後方に飛んだ。
次の瞬間、体当たりをしてきた。
「うわっ!」
びっくりして目を閉じた所、顔面にスライムがぶつかる。
「……痛く……ないな」
スライムはやはり弱い。
30回ほど打撃を入れると青い光へと霧散し消えた。
1体倒すのに5分ほど時間がかかった。
しかし、得られる経験値は1。
危険な魔物を相手にするぐらいならスライムを倒しつづければいい。
と誰もが考えるがレベル20あたりで必要な経験値は100万をこえる。
スライムだけでレベルアップしようと思ったら寿命が先に来てしまう。
とは言え、俺に出来ることはスライムを倒す事だけだ。
また、あらたに一体スライムが湧いてきた。
2体目、3体目と倒す。
するとレベルアップを知らせる電子音が脳内に響いた。
そして、次の瞬間、メッセージが視界の右下に表示された。
「リストリクトの効果によりレベルを1に抑制します」
絶望を現実につきつけられた。
テストの点数が悪いとわかっていても渡された時の衝撃はまた別格だ。
その時と同等、いやそれ以上の絶望感だ。
「やっぱり、俺のスキル。とんでもない最弱スキルだった……」
何かの間違いということもあるかもしれない。
ワンチャンとんでも無い効果が発動するかもしれない。
そんな望みをいだきながらスライムの発生を待って倒す。
ずっと繰り返す。
次は、6体倒した所でレベルアップを知らせる電子音が脳内に虚しく響いた。
レベル1のままだった。
---
春休みも後半。
600体以上のスライムを倒した。
レベルは1のままだ。
朝から晩まで公園の一角に居て倒せるスライムは1日60体ほど。
最近は1日にレベルアップ音が1回聞こえるだけになった。
もちろん、レベルは上がらずレベル1のままである。
同じ日に試験を受けた猿田はレベル10を越えたと公園で井戸端会議するママさん達の噂話で聞いた。
とある金持ちで有名な令嬢はレベル20を越えたとも聞いた。
猿田の奴はレベルが5の時にスライム討伐をする俺の様子を見に来て「スライム掃除がお似合いだな」なんて嫌味を言ってきた。
世界が異世界パンデミックで激変しようとも金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人のままなのか。
世のヒエラルキーが変わることは無いのだろうか……。
「ヒサシ君」
金網の外から聞こえる声はミキのものだった。
クラス分け試験の時以来だ。
「ミキ……。ご、ごめん……」
「え!?」
「クラス分け試験の日、頭がいっぱいで引き止めるミキを怒鳴って、そのままだったから」
「そ、そんな。わたしこそごめんなさい。ヒサシ君の気持ちも考えずに……」
「ミキは悪くないよ。俺がすべて悪かった。今は自分の出来る事を毎日やろうと思ってスライムを倒す毎日さ」
「うん。公園に来てる人たちみんな感謝してるよ。わたしもすごいと思う」
「すごくはないよ。これしか出来ないからやってるだけ。この場所はまかせておけ。ミキも他のみんなと一緒にもっと効率よくレベルあげられる場所で頑張ってくれ」
ミキのスキル。
他人のスキルを別の誰かが使えるようにする能力は非常に重宝されているらしく大学生以上の一般冒険者のパーティーにも参加しているらしい。
「それじゃあ、がんばってね」
ミキは今日も危険区域指定された場所にあるダンジョンを探索する予定があると急いで公園を後にした。
ダンジョン探索なんて俺には一生縁が無いかもしれない。
冒険者としての運命を大きく左右するスキル、唯一のスキルがハズレの俺には夢のまた夢だ。
「毎日えらいのぅ」
よぼよぼのおじいさんが近寄ってきた。
杖をついてふらついている。
ガリガリで風でふかれただけで倒れそうだ。
「い、いえ。俺にはこれぐらいしか出来る事なくて」
「いんや。毎日同じ事やるというのも大変な事じゃ。それにワガハイも公園のみなも助かっておるよ」
「お役にたってるなら俺もうれしいです」
「フム。頑張っての」
そう言うとおじいさんは、ゆっくりゆっくりと杖をついて公園を出ていった。
たかがスライム討伐でも感謝してくれている人がいる。
ずっと落ち込んでいたが、
これは俺の天職なんだと頑張ろう。
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春休みも終わり高校3年もはじまってから
5000体ほどのスライムを倒した。
相変わらずレベルは1のままだ。
「今日はもう遅くなってきたな。あと2、3体倒したら家に帰ろう」
現れたスライムを5回ほど剣で叩き倒した。
レベルは1のままだが、だんだんコツがわかってきてずいぶん効率よくスライムを倒せるようになった。
いつも通りレベルアップ音が脳内で響く。
「リストリクトの効果によりレベルを1に抑制します」
ああ、いつもの通り。
もはや何も思わない。
「レベル100に到達したため新たなスキル『リリース』を利用可能になりました。なお、このスキルが利用可能になったことにより『リストリクト』の自動発動効果は無くなります」
ん?
どういうことだ?
レベル100?
あらたなスキル?
リストリクトの自動発動効果が無くなる?
情報が多すぎて理解が出来ない。
そもそもレベル100って、なんなんだ?
今、広く知られているのは人類最高到達点レベルは40と言われている。
そのレベルに達するまでの必要な経験値は5000億強。
この経験値は相当強力な魔物を何度も倒す必要がある。
そもそもレベル30あたりからレベルアップするためには危険度最強クラスのダンジョンの攻略。
足を踏み入れたら二度と出られないと言われている『ザ・タワー』、
生き残ることすら難しい塔の攻略が必要だ。
「とりあえずステータスを確認だ」
ステータスを意識すると視界の左上に一覧が表示された。
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天野(あまの) ヒサシ 17歳 男 レベル:1(リストリクト効果発動中)
HP:8/8 MP:0/0
攻撃力:4
耐久力:2
速 度:2
知 性:2
精神力:2
幸 運:4
スキル:リストリクト 常にレベルを1にするスキル
リリース リストリクトの効果を消して本来の力を発揮する
――――――――――――――――――――
レベル1のまま。
リストリクト効果発動中は、これまで通り。
しかし、スキルの欄に『リリース』とある。
世界に数名、複数のスキルを持つ者がいるなんて噂は聞いたことがある。
まさか、俺が2つ目のスキルを手に入れるとは。
とりあえずこのスキルを発動してみよう。
「リリース!」
俺はスキル名を叫んだ。
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