ラブ・クロスポイント


「罰ゲーム?」


 あたしはマグカップを持ち上げてコーヒーを回し眺めながら、お母さんと話していた事を思い出す。


 ──きっとカノジョになってくれたのは我が息子が流れ星にお願いして叶った奇跡に違いないわね。それともかしら?──


 おい、ホントに罰ゲームだったよお母さん。そりゃそうか、あのお兄ちゃんが女子に告るとか出来るわけない。SNSの力を使ったって無理だよ。そもそも女子のIDなんて教えて貰えるかも怪しい兄だぞ。


「あ、そうか……家族が罰ゲームで恋人を作ったなんて言われたら……」


 あ、ちょっと考えこんだ風に見えちゃったかな。なんか凄く勘違いをされてる。違います、あのお兄ちゃんなら例え罰ゲームでも、カノジョできた事実だけで奇跡感激ミラクルエモーション幸運男子ラッキーボーイなんで、その──。


「別に、気にしないでいいですから」


 ──また、誤解されそうな言い方しかできないなあたしは。今だけは口動かせ。ほら、また朱雨さんがシュンとなってる。


「ん~ぁぁ……よしっ言うか」


 あたしが誤解ないように言い直そうかとマグカップに口をつけてコーヒーを飲むフリをしながら頭をフル回転させていると、朱雨さんがなにか決意めいた顔であたしをまっすぐ見つめてきて心臓ハートを串刺しにされて目が離せなくなりました。なんとか、マグカップを傾け流し込んだコーヒーを喉を鳴らして飲んだあたしは、一言も発さずに垂れがちな茶色い瞳をジッと見つめ返す。親指同士を高速で回転させる何やら面白い動きをし始めた朱雨さんの言葉は続く。


「その、始まりは罰ゲーム、なのは言ったよね。これ、クラスの男子の間で流行ってたみたいで何かしらの勝負に負けたら接点の無い女子に声をかけるっていう罰ゲーム……あれ、なんかこう説明すると本音は女の子に声を掛けたいだけっていう男子達のヘタレなしょうもなさが出てるような気が……」


 朱雨さんの表情は何やら複雑になり始めた。いや、もしかしなくてもしょうもないと思いますね。うちのクラスの男子も何かしらくだらない勝負してて「男ってガキね」なんて女子たちに言われてるけど、それは高校生男子も変わらないらしい。てか兄よ、そんなヘタレイベントに参加してんじゃないよ。

 朱雨さんはミルクコーヒーを飲んで小さく溜め息を吐いて心を落ち着けたのかまた話始める。


「で、春士くんの罰ゲームに選ばれた接点の無い女子がわたしだった訳なんだけど……うん」


 朱雨さんはまだなにか言おうか言うまいかとコーヒーとあたしの顔を何度も行き来させて迷っておられるようですが、ここまで来たら話してください。お互いスッキリしますから。


 などと言うアイコンタクトが通じたのかは分からないが「うん」と頷いてお兄ちゃんの罰ゲームの端末を語ってくれた。


「春士くんね、休み時間になったら急にわたしの所に歩いてきていきなり「好きです!」て言ってきたの。クラスのみんながいる前で、わたし罰ゲームの事なんて知らないから初めて男子から告白されてどうしようて頭がグルグルになってたら「ごめん! 今のナシ!」て言って教室から出て行っちゃって、ウソでしょってなっちゃって──」


 いや、何やってんだ春士アイツ。なに勢い余って告って、そのままチキンダッシュで逃げてんだよ。思い出して顔真っ赤にしてる可愛いしかない朱雨さんのお話は続いている。朱雨さんを困らして置き去りにしてるお兄ちゃんにムカついてるけど、話の続きを聞こう。


「──でね、わたしだってそんなクラス中から冷やかされて針のむしろじゃない。教室にいるのも恥ずかしいし、逃げられたのもなんか許せなかったから追い掛けて捕まえたのッ。で、返事聞かずに逃げるなんてヒドイ、もう貴方と付き合ってみる事にしたからね! て言って初カレシGET。というのがお兄さんとの馴れ初めです」

「……や、意味わかんない」


 やば、つい本音がポロリと。いやだってお兄ちゃんの告り暴走チキンダッシュもおかしかったけど、なんでそれで付き合う事にしちゃうの。意味わかんないですって。


「あの、兄のことが前から好きだったんですか?」

「んーん、わたしそれまで恋愛も興味ないし正直、同じクラスに春士くんがいるのも知らなかったくらい」

「じゃあ、なんで付き合うて」

「だって、理由はどうあれ初めて告白されたから嬉しかったの。なのに逃げるなんて許せないじゃない。だから、わたしが許せないて思ったぶん付き合ってやるぞっ、てなったの」


 うん、この人スゴく変だと思った。何度聞いてもそれで付き合うつもりになる理由がまるでわからない……けど。


「でも、今は好き?」

「うん、好きかなあ。ちょっとエッチなこと考えちゃうのはたまにキズだけど、大好き、幸せだなぁうん」


 心の底から蕩けた笑顔を魅せてくる朱雨さんのお兄ちゃんへの好きは嘘ではないだろう。あたしに話してくれた以上の大好きをお兄ちゃんは朱雨さんの胸に届けているのだろう。なんか、どうしようもないくらいに妬けてくる。残りのコーヒーを一息に飲んでから、照れ顔を隠せない朱雨さんの魅力な微笑みを眺めて、あたしは気づく。


 好き──か。


 たぶん、あたしは朱雨さんのこと、好きなのかもしれない。理由なんてまるで分からないけど、ずっとお兄ちゃんを羨ましいとかズルいとか許せないとか思っちゃう胸の奥が熱くなっちゃう厄介な感情は「恋」ていうやつだ。






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