コーヒー・イン・ザ・クッキー・ガールズ・トーク
朱雨さんが連れてきてくれたのは彼女が行きつけにしているという本屋さんと繋がったコーヒーショップだった。本屋さんで買った本を読みながらコーヒーを飲む事ができるようで何人か真新しいブックカバーを付けた文庫本を読みながらコーヒーを飲んでいる。あたしにはあまりにも馴染みが無い空間だなと思いつつ、天井に吊り下げられたプロペラみたいなのが回っていて木目調な床のシックな内装は嫌いではないなと眺めていると
「飲み物は何にする?」
朱雨さんが聞いてくるのでボーッとした頭を心の中で叩いて、自分の中で知っている知識をフル回転させてブルーマウンテンコーヒーの
「了解、じゃあこっちもお揃いにしちゃおっかな」
あたしの不安にドギマギな心を知ってか知らずか。朱雨さんはカウンターに置いてある色とりどりなお菓子の包みからクッキーの詰め合わせをひとつ取り、ブルーマウンテンのShortを二つ注文し、会員さんなのかスマホアプリを慣れた手付きで起動してからレジでピッてやつをやりクッキーと一緒に会計を済ませた。
コーヒーは数分経たずにお洒落なロゴの入ったマグカップに注がれてトレイに乗せられやってきた。
「よーし、空いてる窓際にいこう」
朱雨さんはトレイに買っておいた詰め合わせクッキーも乗せると先導して窓際席に進んでゆく。あたしも楽しげに弾み揺れる彼女の黒髪を眺めながら着いてゆく。
「はいはーい、美味しいクッキーどうぞ召し上がれ〜」
席に着くと朱雨さんがすぐにクッキーの包みを広げてくれた。あたしは黒っぽいクッキーをひとつ貰い一口食べる。ビターチョコレートの味が口の中に広がってゆく。確かに美味しい。スーパーの特売クッキー缶とは大違いだ。控えめな甘さだけど、部活後の甘いものはやっぱり身体に染みてくように癒してくれると実感。今はより特別感があって癒されるのかもだけど。
「本当はパンケーキとかミラノサンドとか頼んであげたかったんだけど、ご飯前という事で軽めにクッキーて事でね」
朱雨さんはちょっとだけ申し訳なさそうな片眉下げた笑みでコーヒーにミルクと砂糖を投入して丁寧な円を描いて掻き回している。
そんな、奢ってもらえるだけでも充分すぎる話だと伝えたくてあたしは首を小さく横に振ってコーヒーに口をつけた。
「あれ、夏広ちゃんてコーヒーにお砂糖ミルク入れないタイプなんだね?」
そんなに意外だったのか驚いている様子だが、うちの家族は甘いお菓子を食べる時はブラックコーヒーを飲むので特に気にした事は無かったな。あたしは曖昧に「まあ、そうですね」とだけ言ってマグカップを置いた。
「へー、大人なんだねぇ。わたしは全然な子ども舌だから、砂糖とミルクはたぶん一生卒業できないよう」
見た目は凄く大人っぽい雰囲気だった人が随分と可愛い事を言うもんだ。まぁ、中身が可愛い人だというのは理解できたから逆に似合っているのかもしれないなと思いながら残りのビターチョコクッキーを口に放り、ブラックコーヒーを啜った。うん、ちょっとうちのお母さんが入れるやつより濃くて美味しい。お店のコーヒーてこんな感じだったんだ。朱雨さんのお陰で知ることが出来た。感謝だね。
「ん、どうしたの、わたしの顔になにか付いてる?」
無意識にジッと見すぎてしまっただろうか。朱雨さんはミルクコーヒーを飲もうとして細めた唇のまま首を傾げた。
クソあざと可愛いな。こっちの顔が赤くなっちゃいそうだよ。これを打算なくやってんならクラスの男子全員恋に落としてんじゃないか。こっちの顔がなんか赤くなりそうだ。
「あの、ごちそうさまです」
「えぇ、もう何言ってんのぅ、まだまだ食べな食べなぁ」
本当に何言ってんだろうなあたし。朱雨さんがクッキー遠慮してんのかと思って包み寄せてくれるし、そのまま受け取らないのも悪いんで一枚オレンジ色のクッキーを取って口に放り込んだ。味はたぶんニンジン、なのかなこれ? 味もわけわかんなくなってる。
「美味しい? それここのクッキーでは大当たりだよ、どう?」
朱雨さんがニンマリ笑顔で感想を求めるけど口の中はクッキーで喋れない。コーヒーを二口啜って息を吐いて落ち着いてから「まぁ、いいかな」とまた曖昧な言葉を返して死にたくなるが、朱雨さんはすっごく嬉しそうに笑っている。
あたしは照れ隠しに目を閉じてコーヒーを長めに啜った。
「それでね、秋田にはいぶりがっこていうお漬物のお菓子がいっぱいあるらしいの、食べてみたいよねぇ」
来店して数分、特にあたしから喋りもしないので朱雨さんの話す内容がコロコロと変わるトークに耳を傾けて曖昧な相槌を取る。今は都市伝説だという「ジェイソン村」から秋田県の話に切り替わっている。まぁ、内容も面白くて夢中に話してるの眺めるこっちも楽しいから良いんだけどね。
「あ、
また話が変わって、今度はあたしの名前か。
可愛い?……うーん、可愛いのかぁ?
この名前って元々お父さんの好きな野球選手の名前をお兄ちゃんに付けようとしたけど、産まれた季節にあわせたかったお母さんに却下されて、あたしに回って来たんですよ。たぶん「広」も球団から取ってるし「夏」も絶対甲子園の季節からだ。あたしも陰よりで天邪鬼な自覚あるから、可愛いなんて思った事も無いけど。
「そうですか、なんか、ありがとございます」
何故だか朱雨さんに言われると、素直に受け取りたくなる不思議な感じだ。
「んっ、そのクールが剥がれた照れ顔も可愛いねぇ」
また不意打ちに心をくすぐってきて、飲んでたコーヒーを噴き出しそうになって目を瞑って平静を装いマグカップを傾けたまま飲むフリをする。てかクールて誰の事だ。あたし? いや、間違ってます。これはクールじゃなくて陰キャです。
……しかしマズイな、あたしの事で話が進んでいくとこの人に萌え殺されてしまう可能性がある。何とか口下手な自分をシバいて話題を変えなければ、出ろ、言葉を出せあたしっ。
「あの、うちの兄となんで付き合ってんですか?」
「ぅんッ?!」
待て、無い頭で何を口走ったよあたしは。朱雨さんもなんかクッキー片手に固まっちゃったし。
「なんか付き合うきっかけとか」
おい、だから止まっとけあたし。普段使わないトークエンジンをトップギアに振り切るな。
「つ、付き合うきっかけ、きっかけかぁ……ぅんぅ」
なんだか凄く言いづらそうにクッキーをポリポリとリスみたいにかじり始めた。あ、それも可愛い。いや、それより言いづらいなら別に──
「なんて言ったらいいのかなぁ。んぅ~ぅ」
──朱雨さんは頬を朱く染めるような恥じらう表情を魅せてきて、ドキリとする。あのお兄ちゃんが、この人にこんな可愛いと綺麗が混じりあった表情をさせるんだって思うとなんだか……凄くイヤだな。
「あ、違うからね誤解しないでね。決してエッチな事をされたわけじゃないからっ。春士くんはエッチな事したいて言うけど心には紳士を宿してるから」
あたしの表情がなんか変に見えたのか、朱雨さんがしっちゃかめっちゃかな事を言い始めた。てか
「だから違うからね違うんだよっ」
顔を険しくてしてしまっただろうか。朱雨さんは慌てたまま食べかけのクッキーを口に入れてミルクコーヒーをグッと飲んで息を吐いて、難しげな顔で頬を掻いてあたしに言った。
「お兄さんと付き合うきっかけはね、罰ゲームからなんだよ」
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