再会の微笑みは輝る雨の中で


 朱雨さんと家で初めて出会ってから数日、あたしと彼女が再会する事はなかった。あたしの部活終わるタイミングが悪いのか、お兄ちゃんが会わせないようにしているのか、朱雨さんがもう家には遊びに来たがらないのか、分からないけど。


 お兄ちゃんの様子を見るに、朱雨さんと早々に別れたって事は無いようだ。別れたんなら分かりやすく落ちこんでいるはずだし、どちらかというと前よりも浮ついた感が強くて我が兄ながらウザっと思ってしまう。しかし、あの様子なら愛想をつかされるのは時間の問題じゃなかろうかとお母さんと密かに話題にしている。


「あんな美人なお嬢さんは春士にはもったいないわよね。世の中にはもっとイケメンな男の子がいっぱいで引く手数多てあまたいるでしょうに。きっとカノジョになってくれたのは我が息子が流れ星にお願いして叶った奇跡に違いないわね。それとも何かの罰ゲームかしら?」


 と、お母さんは言うが実の息子にその言い様はどうなのよと思いつつ、まあ流れ星にカノジョを願うお兄ちゃんの姿はありえそうだなと想像できてしまうあたしも随分と薄情な妹だと笑いが乾く。この親にしてこの子ありて言葉がしっくりとくるわな。


 でも、お兄ちゃんと別れる前にもう一回くらい、会ってみたいよね。


 何故か、あたしはそう思った。あの綺麗で優しい微笑みがどうにも忘れられずに溜め息が漏れる。理由なんてまるで分からないんだけども。



 流れ星におねがいしたわけもなく、願いが神さまってのに通じたのか分からないが、数日後、あたしは朱雨さんと再会した。



 その日は部活疲れな上に急な雨に降られて、憂鬱な気分で下校をしていた。


「あ、ねえ」


 急に誰かに声を掛けられた。傘に落ちる雨粒の音が気にならなくなるほどに透明感のある澄んだ声が、あたしの鼓膜を震わせ、反響した。忘れようもないこの声にあたしは、無意識に振り向いていた。


「こんにちは」


 囁くような吐息漏れる短い挨拶は声に射抜かれた耳に雨粒の音と混じりあっても心地よく響いた。口元を緩く上げ、垂れがちな茶色眼を細めた微笑みを、あたしは忘れていない。

 お兄ちゃんの通う高校の制服に身を包んだ、あの時とは少し違う印象を与えてくる一元いちもと朱雨しゅうさんがそこにいた。


春士しゅんしくんの妹さん、よね?」


 首を小さく傾けて聞いてくる仕種は同性から見るとあざとく見えてしまう筈なのに、彼女にはそれが不思議と凄く合っていると思えた。

 前髪を揃え背中まで伸びた長い黒髪が揺れるのに見入ってしまう。差している傘もビニールであるはずなのに、安っぽさなんて見えない。寧ろ、弾けひかる雨の音楽を魅せてくる、雨粒の妖精のように思えた。


「あれ、違った……かしら?」


 あたしがいつまでも黙ったままなせいか眉が不安がりな八の字になってしまっている。年上なのに可愛いと思ってしまいながら、あたしは無言でそうですの意味で頷いた。それを見て目がなくなってしまうんじゃないかというくらいに眼細めて頬っぺたとろけさせるかのようにふにゃりとした朗らかな笑みがまたギャップ萌えに可愛いと心が射抜かれ、胸の奥が緩く暖かくなるのを感じた。というか、心臓が速い。


「えっと、夏広かひろちゃんだよね名前? あぁゴメンね急にね、名前、春士くんに聞いてて、だから、ね?」


 何か慌てた様子であたしの名前を知っている事を片手を指揮者のように振って弁明してる。あ、あれかな、あたしが無言すぎたので圧を感じてしまったのかな。ごめんなさいそんなつもりは無かったんですけどとこちらも弁明したいんだけど、生まれ持っての口下手と緊張で上手く言葉が回らない。何とか声を出そうと朱雨さんの指揮棒ユビを目で追いながら、タイミングを合わせて声を絞り出した。


「あたしも、貴女の名前兄から聞いて知ってますから」


 なんだこの返し。感情無さすぎて失礼すぎないか、あたし。どうしよう気分悪くさせちゃったら申しわけ──


「わぁ、そうなんだねぇ。嬉しいなぁ~、ぅんぅ、ありがとうねぇ名前覚えてくれてぇ」


 ──目の前の天使は緩やか笑顔をさらに蕩けさせてきて、あたしの心臓がまた可愛いを塗り替えて早鐘を打つ。なんだコレ。


「そうだ、せっかくお話できたんだから、もうちょっと女子トークしない。雨の中の立ちん坊ちゃんは風邪ひいちゃうかもだからお店の中でっ、お姉さん奢っちゃうから。ダメ……かな?」


 あたしと何を話したいのかはわかんないけど、そんな眉八の字なお顔をされては、断れない。というか、断るつもりはあたしの心にはたぶん無かったと思う。


「まぁ……いいと、思います」


 いや、思いますてなんだよ。また失礼だなっ。それと、声ちっちゃくキョドるなよあたしっ。


「ホントにっ、やったぁ~」


 当の朱雨さんは、あたしの失礼は全く気にしてない様子で、指揮者だった片手をグッと小さく握り、控えめガッツポーズを取っていた。真白な頬にはほんのりと朱色が咲いていてローファー黒ソックスな脚をピョンピョコ兎のようにステップさせていて雨の中をまるで小さな喜びの踊りを舞っているようだった。正しく、朱雨という名がピッタリな映像をあたしの網膜と脳細胞は記憶していた。

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