出会いは小さく、笑みは優しく


 朱雨しゅうさんとあたしが初めて出会ったのは部活が終わって家に帰ってきた時だった。二階の自分の部屋に入ろうとした瞬間、向かいのお兄ちゃんの部屋から出てきた朱雨さんと鉢合わせた。それが最初だ。


「あれ、春士はるしくんの妹さん?」


 透き通るような清潔感のある長い黒髪ダークトーンカラーヘアを小指で耳に掛ける仕種と猫をなでたような囁くような甘い声が、あたしの耳と眼に清楚な存在を記憶させた。


 しばらく、垂れがちな茶色の瞳を細めた柔和な笑みで笑いかけてくる彼女を眺めていた。失礼な話だけど、何も言葉が発せられなかった。綺麗って、こうゆう存在を言うのかなって不思議なドキドキを感じていた。なんて言えばいいのかわかんないそんなドキドキ感。ジッと眺めるあたしを朱雨さんは気味悪がらずに優しく見つめてくれてたのだと思う。


 お兄ちゃんが一階からお菓子と飲み物を持ってきて朱雨さんを部屋に戻してしまうまであたし達は無言で見つめ合っていた。


 帰った後にお兄ちゃんに聞いたら、カノジョだという。まぁ、それは当たり前だろう。高校生が異性を自分の部屋に連れ込むなんて高確率でカレシカノジョな恋人同士だ。何故かお兄ちゃんは口止め料として三千円くれた。

 たぶん、エッチなことしたんだろう。お兄ちゃんは健全で不健全な一般的男子高校生ノーマルモンキーだから、あのひとにエッチなことしたんだ。あたしが部屋にいるって知ってて。


 なんだか妙に胸の真ん中あたりがムカっとしてきて、お兄ちゃんの股間を膝で蹴ってやった。ピョンピョンと便所コオロギみたいに飛び跳ねている姿に「情けな」て言って部屋に逃げた。この三千円は一応いただいてゆく。だって、まだなんかムカつくから。理由はよく分かんない。いや、部屋扉ドアを隔てた思春期な妹の部屋の前でスケベな事したからだよ、そうに決まってんじゃん。


 あたしはこのムカつきの理由に無理やり納得をつけた。三千円は明日にでもとっとと部活で使う卓球ラケットの張り替え用ラバーに消費してやろうと決めた。

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