[不審]

 かされるままにエントランスを出ると「私の車は隣の駅前に停めてあるの。1駅だけ電車に乗るわよ」と牧澤めらりが言った。


「え、電車?」


 一刻も早くここから立ち去らなければならないはずが、即座に車に乗るのではなく隣駅まで電車に乗る?

 追手が目前に現れたこの状況で?

 駅まで行って・・・・電車?


「そう、いわばワンクッション。それも一種の目くらまし。霊的な、ね」

「霊的?」

「ま、説明はあと。とにかく急ぎましょう」

「・・・・はい」


 とりあえずの返答はしたものの、実際のところ何も何一つもまだ理解も消化も出来てはいない。

 けれどあの〈紅奇面べにきめん〉を見たことだけは今、紛れもない事実。

 至近距離まで来られている、それが事実。

 恐怖がピーク──それも事実。


 土石流のような怒涛の展開に否応なしに流されながら先のまったく見えない暗澹あんたんたる思いで気持ちが潰れそうになっていた。


────────────────────


 助手席に深く身を沈めながら、あらためて自分の心身疲労が限界を超えていることを感じていた。

 牧澤めらり、この出会ったばかりの人物が

私をこれからどこかに運んで行こうとしている。

 何故、私は今この人の車に乗っているのだろう?

 どこを信用して?

 もし、信じてはいけない人物だったなら一体・・・・私はどうなる?


「疑ってる?」

「えっ?」

「私が実はあっちの回し者だったらどうしよう、とか?」

「いえ・・・・」


 見透かされている。

 私の不安や疑念がまるまる伝わっているような言い方で牧澤めらりは言葉を続けた。


「もしそうなら、さっきのエントランスであなたをあっち側にサッサと引き渡してるわ。紅奇面の"あいつ"にね」

「・・・・あの」

「ん?」

「その・・・・あの面を知ってるって、見たことがあるって言ってましたけど──」

「1度だけね」

「それはあの、これから行く先のお宅で、ですか?」

「そう。今は父親だけが住んでいる家」

「じゃ、面は今もそちらにあるとか・・・・」

「ない。始末したから」

「始末?」

「そう、始末」


 その言葉から、単にゴミとして捨てたということではない様子が伺えた。

 始末、とは一体──


 そしてそれ以前に、何故あの"特殊な面"が旧我哭守村きゅうがなもむら以外の場所にあったのか、何のためにどうやって持ち出したのか、が、そもそもの疑問だ。

 本来なら流出するはずはない。

 私はやはり騙されているのだろうか・・・・味方のふりをした敵?

 だとしたらこの人からも逃げなければならないことになる。

 あのマンションから出てはいけなかったんじゃ──


「あっ」

「え?」


 牧澤めらりが何かに驚いたような声をふいに上げ、右側に大きくハンドルが切られると私の身体が運転席側に倒れるように傾いた。

 そのまま車は右折し細い路地に入り、しばらく行ったところでおもむろに停車した。

 そして彼女は、ふうっ、と息を吐いた。


「何ですか? どうしたんですか?」

「あのまま直進してたら危なかったわ」

「危なかったって──」


 何が? と聞こうとしたその時、路地全体に響くような激しい衝撃音が後方で起きた。

 地響きのような音。


「な、何が?!」

「クレーンが倒れたんだと思う」

「え、クレーン?!」

「少し先のビル工事現場のね。あのまま曲がらずに走ってたら我々はペチャンコだったはず」

「そ、んな・・・・」


 全身に震えが走った。

 想像しただけでゾッとする。


「でも何故・・・・分かったんですか?」


 当然の疑問が口をついて出た。


「・・・・見えたから」

「見えた?」

「まあ・・・・私のちょっとした特性、かな」

「・・・・」


 ちょっとした特性・・・・つまり予知能力?

 瞬時、名刺の肩書きが脳裏に浮かんだ。


 ───五次元療法師───


 ハッタリや詐欺ではなく、この牧澤めらりという人物は本物の能力者ということだろうか。

 私を救ってくれると、本気で信じて良いのだろうか・・・・。


「さ、急がないと」


 気を取り直したような声で、牧澤めらりが言った。


 事故現場へと駆けつけるパトカーや消防車などのけたたましいサイレンが遠くから徐々に聞こえ始めた中、再び車は走り出した。

 

  

 




 

 


 

 

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町が私を殺しに来る 真観谷百乱 @mamiyan

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