[あの地の名前]

 どうしよう──

 牧澤めらりの唐突な訪問に瞬時、思考が停止した。

 

『これも何かの縁かしらね、気が向いたら連絡して』


 病院で一方的にそう言い残して帰ったにも関わらず、同日にそう時間を置かずまさかここに来るとは・・・・。

 明日香ちゃんが怪我の身で病室を飛び出し事故に遭ったと、病院にいる多嘉良恭子から連絡がいったのならここではなく安否を案じて病院に出向くはず。


 なのに、何故?

 ここを訪ねて来たのか?


 何とも言えない違和感。

 そして得体の知れなさへの恐怖感。

 

(どうしよう・・・・)


 出掛けて行った佐久田華子は誰か来ても応対しなくていいと言っていたけれど、このまま居留守で通すべきか──


 コンコン コンコン


「牧澤めらりです。居ますよね? 病院で会ったあなた。大事な話があるので開けて下さい」

「えっ」


 思わず声が出た。


『病 院 で 会 っ た あ な た』


 言った。

 確かにそう言った。


 私がいるのがバレている。

 何故、わかったのだろう?

 佐久田華子と2人でここに戻り、再び彼女だけが出て行ったのを見ていた?

 だとしたらそれをする理由は?


 話がある?

 私に?

 何?


 ごく短い間に疑念が脳内をぐるぐると回る。

 その時──


 コトッ


 ドアのポストに何か、落ちた。

  

「!?」

「それ、見て」


 ポストに顔を近づけているような声がした。


「・・・・」


 抗えない引力のようなものに引かれ私は静かにポストを開けた。

 そこにあった小さな紙・・・・おずおず手に取る。

 走り書きの文字が目に入る。


「あ・・・・」


  現 かなもちょう 

  旧 我哭守村がなもむら


「ど・・・・どうして・・・・」


 そこに書かれていた文字。

 それはまさに私が居た、そして、逃げ出して来た地──見たくも聞きたくもない〈出自処しゅつじどころ〉の名だった。


 何故?

 今日、病院で会ったばかりの初対面の人物がこんな、ここまでのことを知っている?

 この現実は一体──どういうこと!?


「見たでしょ? 早く開けてちょうだい。大事な話だから」


 外からのかす声が幾分いくぶん強くなっている。


(旧・・・・我哭守がなも・・・・村・・・・)


 脳内に浮かび上がるあの風景──


「い、今、開けます!」


 突き動かされるように私はチェーンに手を掛けた。


 


 


 





 


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