[赤と黒と白の記憶]

 週に3日は赤い部屋

 週に3日は黒い部屋 

 残りは1日白い部屋



 物心ついた最初の記憶は母の声。

 妙な節をつけて歌う声。

 そして日によって変わる部屋の色。

 気付けば私の周りは三つの色だけになっていた。


「今日は日曜日。だから白のお部屋ね」

「うん」


 まさに洗脳。

 赤黒赤黒赤黒、白。

 月曜から始まり金曜に終わる赤と黒の交互の部屋替え。

 そして日曜の〆、の白い部屋。

 幼稚園という場の存在を知らず─知らされず─の6年間、私は『これが普通』と思って─思わされて─生きていた。


 今となって知るその意味と意図はおぞましく、自身が私個人のものではなく『ある目的のための─ためだけの─存在』だったということが、その恐怖が、狂気的圧力をもって迫ってくる。


 だから逃げた。

 逃げ出した。

 が──

 逃げ出せたのだろうか?

 本当に?

 逃げ出せたと、言えるのだろうか?


 もし、無駄な行為、無駄な努力だったとしたら・・・・どこに逃げてもどこまでもいつまでも追われ続けるのだとしたら、私・・・・私・・・・私は一体──


────────────────────


「はっ、はっ」

「笙子さんっ、笙子さんっ」

「あ・・・・ああ・・・・」

「しっかりして!」

「・・・・わ、私・・・・どうし──」

「ああ、良かった、気がついた? 大丈夫?」

「・・・・」


 幼少期の光景の夢の余韻が残るぼんやりとした意識でソファーに横たわる私の目を、鼻先が付きそうな間近で佐久田華子が覗き込んでいる。


「急に失神しちゃうから焦ったわ。かと思ったらうなされて息が荒くなってるし。ほんと大丈夫??」

「あ・・・・すみません・・・・」

「とりあえず大丈夫そうね。まあ・・・・ショックよね・・・・」


 そうだった。

 明日香ちゃんが腕を切断って・・・・それで私、身体の力が抜けて──


「あ、あのっ、あ、明日香ちゃんは、腕はっ」

「え、ああ・・・・病室をね、飛び出したとかで・・・・で、事故に遭って、って」

「事故!?」

「そうみたい。外まで行っちゃってバイクに轢かれてそれで腕を・・・・」

「そんな・・・・」

「ほんともう、私も訳がわからない。今日は笙子さんの件で今後のことを色々と話し合う予定だったのに。何だかのっけからごめんなさいね」

「いえ・・・・」


 言えない。

 たぶん私のせい・・・・とは、決して。

 何故? と聞かれて話せることではない、どう考えても。


「で、これから私また病院に行ってくるから、申し訳ないのだけど交代で恭子が帰ってくるまで笙子さん1人でここにいてくれる? 奥に部屋を用意してあるから休んでていいから」

「え・・・・」

「ごめんね、心細いでしょうけど恭子が帰るまで小一時間くらいと思うから、ね」

「そうですか・・・・わかりました」


 仕方ない。

 病院にまた着いていく体力気力は今の私にはもう無い。

 そして佐久田華子は疲れきった重い身体を気力で動かすような様子で出て行った。

 1人残された部屋。

 否応なしに不安が込み上げてくる。

 今、何をどうしたらいいのか、すべきなのか、思考がまったく働かない。

 ただ、思うことはひとつ。


 明日香の腕は私のそれの代わりに"もがれた"──間違いない。


「どうしよう・・・・」


 ひとり言が漏れる。

 

 その時、ふいにインターフォンが鳴った。

 ドキリ、とする。


(まさか・・・・)


 誰か来ても出ないでいいと出掛けに佐久田華子は言っていたが、何故か身体が勝手に動きドアへと向かう。

 怖い。

 とてつもなく怖いけれど確かめずにはいられない。

 もしも・・・・もしも〈追手〉なら──

 恐る恐るドアに近づく。


 コンコン! コンコン!


 ノックの音にビクッとする。


「牧澤です。牧澤めらりです」


 訪問者は意外にも、病院で会ったばかりの私に謎の言葉を残したあの女性。


  五次元療法師 牧澤めらり


 だった。



 


 


    


 


 


 

 


 

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