[言えないこと]

「これ、渡してきたの?」

「はい」

「10万も入ってる・・・・。この人、明日香ちゃんの緊急連絡先の人で子供の頃にお世話になってたらしいの。脱出先を身内に知られないためにこの人を指定したってことなんだけど、この肩書き、五次元療法師? って何だろう? 整体を仕事にしてるとは聞いてたけど・・・・あ、出てきたわ」


 明日香に付き添い処置室に入っていた佐久田華子がようやく中から出てきたが、当然ながら疲労困憊の様子だ。

 立ち上がった恭子が近寄り早口で尋ねる。


「明日香ちゃんは? 様子どう?」

「あの、腕はどんな・・・・」


 聞くのが怖いけれど最も気になることを私も口にした。


「う~ん、まあ今日はとりあえず入院で。腕がやっぱりちょっと──」

「酷いの?」

「神経が傷んでる部分がね、要手術で。あと精神状態もね・・・・」


 私のせいで? 私が来たから? 私が来なければこんなことには・・・・私のせい!


「笙子さん、大丈夫よ。お医者さんに任せましょう、ね」

「そうよ、笙子さんが落ち込むことないわよ。むしろ来たばかりで巻き込まれちゃって可哀想」


 動揺を隠せずうつむく私を2人が交互に気遣ってくれる。

 けれど私には話せないことがある。

 それが心苦しく気を沈ませる。

 でも言えるわけがない。

 頭の中に響いた〈声〉のことなど、今の状況で口に出せるわけがない。

 あくまでDV被害者救済の活動をしている人たちであって、頭のおかしい妄想女なら出ていってくれと言われかねない。

 どうしよう・・・・どうしたら──


「何これ」

「ああ、ほら明日香ちゃんの緊急連絡先の

──」

「あ、来た? 私ここに着いてすぐに連絡したのよ、留守電だったけど。じゃ、速攻で来てくれたんだ。にしてもポンと10万も、ねぇ」


 華子が渡された封筒の中身を見ながら言った。

 さらに差し出された名刺に目をやる。


「え、五次元療法師? 何なの? どういう仕事?」

「さあ・・・・整体って聞いてたけど、流行りのスピリチュアル風なネーミングにしてるのかな?」

「ふ~ん・・・・」


 その時、処置室の扉が大きく開いた。

 ストレッチャーに明日香が横たわっている。


「病室に参ります」


 押している看護士の1人が淡々とした口調で言った。


「お願いします。明日香ちゃん」

「大丈夫?」


 2人が心配そうに声をかける。

 見れば明日香は半眼で朦朧とした表情だ。

 鎮静剤を効かせられているのかもしれない。


「明日香ちゃん・・・・」


 複雑な思いでそう呟きながら私も彼女の顔を見た。

 

(!?)


 ギョッ、とした。

 ほんの一瞬、朦朧と定まらない明日香の視線が私の目を捉えた。

 途端、バクン! と動悸がした。


 彼女の目──それは明らかに私への殺意を放っているように見えた。



 




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