[奇妙な女]
「いいっ、私が掛けるっ」
動きを止めてしまった私に
「怪我人です! お願いします! こちらは──」
───────────────────
処置室に続く長い廊下に備え付けの長椅子に無言で座る私の前にレモンティーのペットボトルを差し出された。
「飲む?」
顔を上げると疲れきった表情の
人の顔つきがごく短時間でこれほど変わるのかと驚くほどげっそり険しくなっている。
「ありがとうございます・・・・」
手を出し受け取ると、私の横に腰を下ろし深い溜め息をついた。
「何なんだかもう・・・・」
「・・・・」
「笙子さんも来て早々とんだことになって驚いたでしょ?」
「はい・・・・まあ・・・・」
「あの子、2ヶ月前にウチで預かって雑用みたいなことやらせてたんだけど・・・・」
「そうなんですか・・・・やっぱりあの・・・・どこかから逃げて──」
「そう。実の兄からの・・・・まあ色々とね」
含みのある言い方で察しはついた。
たぶんかなり辛い状況だったのだろうと感じる。
「あの・・・・」
「ん?」
「腕・・・・大丈夫でしょうか・・・・」
「うーん、まあ・・・・処置が終わらないとどんなだか・・・・」
「そう・・・・ですね・・・・」
「何であんなこと・・・・ほんと凄い力だったから腕がもぎれるんじゃないかと思ったわよ」
もぎれる──ドキリ、とした。
『戻 ら ね ば 女 の 腕 を も ぐぞ』
あのおぞましい声が脳裏によみがえり全身に寒気が走る。
「笙子さん?」
「・・・・」
「大丈夫?」
「あ・・・・大丈夫です」
もし・・・・私のせいでもし本当に腕が・・・・だったら・・・・どうしよう──
処置室で明日香に付き添っている佐久田華子はまだ出てこない。
「笙子さん、疲れたでしょ? 滞在部屋は用意してあるけど先に帰って休む? といってもリビングのあのカーペットあのままだからちょっと嫌かもしれないけど・・・・」
ベージュのカーペットは明日香の右腕から流れた血の染みでおどろおどろしいさまになっている。
「嫌とかそんなことは・・・・でもまだここにいてもいいですか? 1人になるのはちょっと・・・・」
「あ、そうね、そうよね。知らない場所で1人で休めといっても不安よね。じゃ、ここで一緒に待ってましょう」
「はい」
「あ、そうだ。私ちょっとATM行ってくるわ。少しお金を下ろしておかないと」
「わかりました」
だるそうな動作で立ち上がり廊下を歩いて行った姿を見送り、私はペットボトルのキャップをあけた。
ひとくち飲んで溜め息をつく。
すると廊下をこちらに向かい歩いてくる女性に気がついた。
近づきながら明らかに私に向け軽く会釈をしている。
「こんにちは。木山明日香がお世話になっている事務所の方ですか?」
一見して華やかな雰囲気のスレンダーなその女性はタレントの作り笑いのような笑みでそう言った。
「え、あ、あの──」
「ああ、スタッフさんじゃないんですね? あなたもお世話になってる人でしょ? ね?」
「え・・・・はい」
(何故わかるのだろう?)
「なるほど、やっぱり寄るところには寄るわねぇ。あの子も
「え?」
「ああ、ごめんなさいね、こっちの話。で、様子は? どんな具合?」
「まだ処置中で・・・・」
「そう・・・・じゃ、あなたでいいわ。はい、これ、スタッフの人に渡しておいて。足しにして下さいって」
そう言うと女性はトートバッグから封筒を取り出し私に手渡した。
現金が入っている、とすぐにわかった。
「それから──」
言いかけて言葉を切ると、女性は何故か私を凝視した。
そしてゆっくりと口を開き──
「あなた・・・・壮絶ね」
「えっ?!」
「時間もあまり・・・・大変ね」
「大変・・・・て、あの、何かわかるんですか? わかる人なんですか?」
会ったばかりの初対面の私に何を言っているなのか、と、その馴れ馴れしさに少し苛立ちながらも口に出された〈壮絶〉〈大変〉という言葉に私は食いついた。
この人は一体──
「あ、やだ私ついまた余計な・・・・ん~、まあこれも何かの御縁かしらね。そうね・・・・じゃ、気が向いたら連絡して。お役に立てるかはわからないけど」
そう言うと、女性は面食らう私に名刺を差し出した。
「ではスタッフさんによろしくね」
何事もなかったかのように女性は去ってゆく。
押し付けられるように渡された名刺に目をやる。
薄桃色の和紙の綺麗なそれにはこう書かれてあった。
【五次元療法師 牧澤めらり】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます