第279話 【閑話】父の想い

コン!コン!


「はいっ」


ガチャ!


「お父さん!」


「よっ!お疲れ」


「お父さん、見てくれた?俺の芝居。演技になってたかなぁ?」


「おう、まあまあだな。

だが、あのステファン・ウーダン相手にあれだけの剣劇を見せられたんだ。


そういう意味では、よくやったな」


「ありがとう。お父さんが素直に褒めてくれるなんて久しぶりだね」


「まあな。だが、あの結城丈一郎って奴、あれは要注意だな。


お前のライバルになりかねんぞ」


「既にライバルだよ。だって、今回あのステファンの来日も彼が出演するからだし」


「なるほどな。演技はまだまだだが、あの剣術は本物だ。

客を魅了させるには充分過ぎる」


「僕も剣術では彼には全く歯が立たなかった。


そしてあの時よりも威厳っていうか王者としての風格みたいなのまで感じるよ」


「たしかにな。存在感っていうか、天性の威圧感みたいなものを感じたよ。


それが、恐怖よりも安心感というか信頼感みたいに受け取れるから、皆の注目を集めるのだろう。


なんにしても大物になる素材だな」


「ええ、彼は本当に穏やかな性格なんです。


そのあたりが上手く作用しているんだと思うんだ」


「なるほどな。どちらにしても良いライバルの存在は大事にしなきゃな。


まぁ、頑張れ」


久しぶりに息子の舞台を見ることが出来た。


最近はテレビで見ることが多く、たまにバラエティーなんかにも出ているところをみると、俳優としての知名度や業界での地位もそれなりに築けているようで、親としてはひと安心している。


親の七光りには頼らないと言って飛び出した時には、少し心配したものだが、思ったよりこの息子はしっかりしていたようだ。


これからの心配は奢りが出ないかどうかだな。


ここまで来る俳優はたくさんいる。


事務所が金さえ掛ければそれほど難しくない。


ただ、ここで奢り失敗する者がほとんどだからな。


個人の問題だけじゃない。


業界がそうさせるし、スポンサーやファンがそうさせてしまうこともある。


よほど自らを戒めていないと難しいだろう。


だが、今日の芝居を見ていて裕太なら大丈夫じゃないかと思えた。


しっかりと自らを律し、日々精進していないと今日の様な舞台での演技は出来ないからな。


テレビや映画の様にやり直しの出来ない舞台であの演技が出来るのであればおそらく大丈夫だ。


それにもう一つ。あの結城丈一郎という青年の存在だ。


この業界での荒波を乗り越えて来た俺でさえ、彼は底が見えないくらいの大きな器を持っている。


その上、彼からは欲や野心の様なものは見えない。


あれほどの力を持ちながらだ。


彼が裕太のライバルとして存在してくれる限り、裕太が道に迷うこともあるまい。


お互い切磋琢磨しながら成長してもらいたいものだ。


裕太よ、早く俺を乗り越えてくれよ……



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