第278話 2日目午後の部
「お兄ちゃん、今日は裕太さんのお父様が来るらしいわ」
「裕太君のお父さんっていうと、あの大俳優西郷幸夫?」
「そう、あの日本刀を持たせたら日本一強いって言われてる西郷幸夫よ」
「へぇ~、裕太君もお父さんが見に来るくらい大物だからね」
「それがね、聞いた話しだと、お兄ちゃんを見に来たみたいよ」
「俺?俺俳優じゃないし……
何を見るんだろ?」
「お兄ちゃん、ちょっとは自覚を持ったほうがいいと思う……」
2日目、午前の部を終えて楽屋で寛いでいたら朝里が部屋にやって来た。
裕太君の父親で俳優の西郷幸夫が見に来るらしい。
それも俺を見に来るって噂になってるとか。
俺みたいな素人の演技を見に来るはずないのにね。
「丈一郎さーーん、そろそろお着替えの時間ですよ。
朝里さんもメイクさんが探してましたよ」
「はーーーい、じゃあお兄ちゃん。また舞台でね」
軽くウインクをして、朝里は扉を出ていった。
そして2日目の舞台が幕を開ける。
髪を振り乱して乱戦の中部下を守りながら殿を務める歳三(裕太君)の覇気と悲壮感が舞台からビンビン伝わってくる。
テレビの時代劇では、こんなシーンがよくあるが、そこに流れている往年のフォークソングシンガーの名曲が聴こえてくるようだ。
あの映画とかテレビドラマで使われている主題歌や挿入歌なんだけど、ぐっとくるんだよね。
『二百三高地』の『防人の歌』だとか、『連合艦隊』の『群青』だとかね。
舞台袖から見ている俺達も手に汗握って見守っている。
「行ってくる」
俺の隣りから舞台へ出ようとしているステファンさんも、大舞台に望むような真剣な顔になっているよ。
世界的な大俳優でさえ、こんな顔つきになっちゃうだな。
ステファンさんが出ていくと舞台が一層緊張感に包まれる。
本当にステファンさんの威圧感というか存在感って、オークキングくらいあるんだよな。
普通の人なら、近くに居るだけで緊張するし、ガンを飛ばされでもしたら、チビッちゃうよ。
そんなステファンさんが緊張感満載で出ていったんだから、失神してる女の子もいるかもね。
「ムッシュ土方?」
「お前は新政府に雇われた異国の」
「ふっ、雇われたわけじゃないがな。まぁよい。それより勝負だ!土方!」
「流暢な日本語も話せるのだな。いざ、尋常に勝負!」
フランス海軍の軍服に輝くサーベルを抜き去るとそのまま全速で歳三に迫るステファン扮するボルドー。
剣先を地面すれすれに近づくも手の甲を上にしたまま斜め上に引き上げる。
歳三は刀を合わせず、僅かにサーベルをずらす。
後ろに流れるはずのサーベルは手首を捻ることで一気に反転し、そのまま歳三を袈裟懸けにしようと襲い掛かる。
鋭いサーベルの軌跡をずらした刀は歳三の剣技をもってしても抑えきれずに制御を完全に失っている。
それをボルドーが見逃すことはあり得ず、袈裟懸けに襲い掛かるサーベルは寸分の狂いも無く歳三の肩から心臓を切り抜こうとしていた。
「ぐっ、」
ギリギリサーベルの餌食になろうかという刹那、砂に落ちた刀をすくい上げボルドーに砂を飛ばすと共にその反動を使って身体を後ろに仰け反らせて攻撃を躱した。
いきなり浴びせられた砂に一瞬怯んだボルドーであったが、わずか数秒で立ち直り、サーベルを突き出す。
しかしその数秒は歳三にとっても起死回生には充分な時間であり、ボルドーと同じく突きを繰り出していた。
ボルドーのサーベルは歳三の左足腿を掠め、歳三の刀をボルドーの右脇腹をわずかに抉っていた。
「土方どのーーー」
再びふたりが、剣を振るい上げ、対峙しようとした時、後方から大勢の声が聞こえてきた。
「ふっ、ここまでだな。また会おう、ムッシュ土方」
そう言うとボルドーは後方へと消えていった。
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