第272話 バラエティーに出るぞ

深夜2時にモデルの仕事を終えてホテルへと戻って来た俺と朝里。


「じゃあ」「あぁ」


と声を掛け合って別の部屋へと入っていく。


扉を開けてチラッと隣の部屋に顔を向けると、あちらもこっちを見ていた。


こんな時、ハヤトとサユリならば躊躇わずに同じ部屋へと入っただろう。


だけど、今は丈一郎と朝里、血は繋がってなくても兄妹なんだよ。


生々しい記憶があるだけに複雑な心境だな。


「朝里、また明日頑張ろうな。おやすみ」


「うん、おやすみ」


気持ちにケリを付けて部屋の中へと入っていったんだ。





そして翌日、10時にスタジオ入りして、今日はテレビのバラエティーに出演する。


ファションモデルがゲストなんだから、本来ならトーク番組とかになるんだろうけど、やっぱり肉体派番組だった。


「鉄腕バッシュ」っていう肉体派アイドルが様々なチャレンジをするやつ。


もちろん今日は『剣術に挑戦』ってサブタイトルが付いた特番。


俺と朝里のふたりが、剣道経験のあるアイドル5人と共に古式剣術の達人に入門する。


事前に何度か短い撮影をしているし、番組になったら1週間くらいの入門体験に編集されてるんじゃないかな。


実際には2日くらいなんだけどね。


まぁ、そんなことはどうでも良くて、番組の見せ場は俺達が達人から様々な技を学びながら、最終的に弟子の皆さんと対決するってとこかな。


2時間番組の最初1時間は修行風景が流れる。


古式剣術と剣道の違いに戸惑う5人のアイドルを俺達が励ましながら皆んなで力を付けていくスポ根もの。


大して技量が上がっていないまま時間が過ぎて、とうとう弟子の皆さんと対決する時がやって来た。


先鋒は剣道経験が1番浅い若手アイドル。


真剣な構えがドアップされて、緊張感マックスの中繰り出された上段は、相手に上手く躱され横薙ぎ一閃で敗れる。


2番手、3番手は売出し中の中堅アイドルが続き、それぞれ死闘の末に勝利を掴む。


4番手は相手の勝ちで、これで2対2のイーブンになったところで朝里の登場。


対戦相手は達人の一番弟子で古式剣術のチャンピオン。


激しい死闘の末、朝里の健闘も虚しく、最後は力負けって感じかな。


そして2対3で迎えた6戦目。


こちらは大御所アイドルグループのリーダー登場。


危なげ無い戦いでアイドルの勝ち。


そして3対3の同点で俺の出番。


相手はなんと達人!


激闘の末、ギリギリで俺が敗れるって筋書きだったんだけど、俺の剣術を見て達人が殺気立ってる。


そして試合が始まると最初の打ち合わせは何処かへやら。


達人の真剣な攻撃が怒涛の様に続く。


俺もギリギリで防戦している様に受け流すんだけど、それが達人には気に入らなかったみたいで、ますますヒートアップしてきて、受け流すのも難しいくらいになってきた。


激しく繰り出される剣撃に、奇しくもシナリオ通りの撮影が出来てディレクターは、大喜び。


『そろそろ負けろ』って視線を送って来るんだけど、こんな強撃を受けてしまったら、怪我するじゃないか!


そのまましばらく続く撃ち合いに焦れたディレクターからはカンペまで飛び出す始末。


仕方ないか……


達人渾身の上段を躱して、下段から斬り上げる形で刀の鞘に当たるように一撃を加えると、そのまま達人は斜め後ろに飛び退った。


「止めっ!勝者!結城丈一郎!」


審判の声にようやく試合が終わった。


結局、俺達が3対4で負けるはずだったのに勝ってしまったのだが、ディレクターは大喜びだし、視聴率は番組過去最高を記録するしで、とりあえず良かったみたいだ。


後で聞いたんだけど、達人の元へは大量の入門希望者が訪れたみたいで、あちらも結果オーライみたいだったようだね。








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