#5「依存」


 ――アナタも、私と同じなのね。


 その言葉が、頭から離れなかった。


 結局あの後、部長が部室にやって来て伊波は一週間の体験入部という形で文芸部に入ることになったのだ。体験期間の後、正式に入部するかどうかを決めるらしい。


 一年前の俺は半強制的に入部させられたんだが、この扱いの差はなんだろう……。


 まぁ恐らく、部長としては俺や歌恋のような数合わせの部員ではなく、ちゃんとした文芸部員が欲しいのだろう。それで部の活動を体験してもらう期間を設けたというわけだ。


「はぁ…………」


 自ずと深いため息が漏れてしまった。


 部室に行けば、今日もあの女がいるだろう。

 そう思うと、部室へ向かう足が鉛のように重たかった。


 いっそ今日はサボろうかとも思ったのだが、そういうわけにもいかない。


 今朝マンションの駐輪所で歌恋かれんと会った時に、放課後部室に来るよう釘を刺されてしまったのだ。なにやら大事な話があるだとか。


 それに、ここで逃げたら昨日のあの女の妄言を認めたみたいで癪だ。


 今は耐えて、伊波の正式な入部が決まったタイミングで数合わせの俺は上手いことフェードアウトすればいいだろう。それまではサボるわけにいかない。


 と、そうこう考えているうちに文芸部の部室の前まで来てしまった。


 ドアの引き手に触れ、しばし躊躇していると……。


「――あれ、そうちゃん?」

「か、歌恋っ⁉」

「こんなところで何してるの?」

「や、別に……」

「早く入ろうよ、今日はそうちゃんにも聞いて欲しい話があるの!」


 言って、歌恋は勢いよく部室の戸を開けて中に入っていく。


 部室にはすでに部長と、そして伊波いなみ冬璃ふゆりの姿があった。


「こんにちはー‼ あ、部長先輩今日は早いですね!」

「ん? やあやあ鳴宮なるみやさん、今日も元気だねぇ。やあ羽月はづきくんも」


 部長は歌恋に続いて部室に入った俺に気付くと軽く手を挙げる。

 俺はいつも通り「うす」と会釈を返した。


「あー、冬璃ちゃんだぁ! 今日も来てくれたんだぁー‼」

「入部したのだから当然でしょ、体験だけれどね」


 伊波は椅子に腰掛け読書をしていたようだが、歌恋が入ってきたことに気が付くと居住まいを正して穏やかに微笑みかけていた。


 それはものすごく綺麗な笑み。

 まるで、昨日の姿が嘘だったみたいに。


 俺は二人が、特に歌恋がきゃっきゃしているのをよそに空いていた椅子に腰を下ろす。


 すると、部長がしみじみとした目をしながら近付いてきた。


「随分賑やかになったねぇ。君と二人きりだった頃が懐かしいよ……」

「そうですね。もう俺いらないんじゃないですか?」

「そんなわけないよ。一年前、君が快く入部してくれたおかげで今があるんだ」

「快く……。公衆の面前で土下座されたら入るしかないでしょ……」

「ははは、そんなこともあったねぇー」


 この少し変わった人は文芸部部長の中山なかやま千弦ちづる先輩。

 三年の女子生徒で、眼鏡に三つ編みおさげという地味な出で立ちだが、話してみれば案外明るい性格で実は破天荒な一面もあったりする。


 歌恋が入部するまでほぼ二人しかいなかった文芸部を存続させるため、生徒会とバチバチやり合っていたのも良い思い出だ。おかげで幽霊部員が本当に来なくなってしまったけれど。今では文芸部に籍があるのかすら怪しい……。


 部長は今の文芸部があるのは俺のおかげだと言ってくれるが、部が存続しているのは彼女の努力以外の何物でもない。部員数が増えた今、数合わせの俺は用済みだろう。


「まぁなんていうか、今後はあんまり部活に顔出せなくなるかもです。今すぐってわけじゃないですけど」

「……そうか、寂しくなるねぇ」


 部長は一瞬寂しげな目をしたが、すぐに明るい調子で肘を小突いてきた。


「もしかして彼女でも出来たのかな?」

「え、彼女……?」


 すると、伊波と話していた歌恋がぴたと動きを止めてこちらに視線を向けてくる。


 厄介なヤツが話に入ってきた。なんで女子という生き物はその手の話が好きなのかよく分からないけれど、生憎彼女なんていないし出来る気配もない。


 俺はため息混じりに否定する。


「違いますよ。そろそろ受験のことも考え始めないといけないんで」

「えー、そうちゃん部活辞めちゃうの……⁉」

「辞めねぇよ、ただあんまり来れなくなるってだけだ」

「えぇー、受験勉強なら部室でも出来るじゃん」

「歌恋がうるさくて集中できないだろーが」

「ひっどぉーい! うるさくないもん‼」


 という、その声がもううるさかった。

 歌恋が子供っぽく頬を膨らませて項垂れる。


 そんな歌恋の様子に苦笑を浮かべながら、部長が思い出したように手を打った。


「そういえば、鳴宮さん彼氏ができたって聞いたよ。おめでとう」

「そーなんですよぉ、ありがとうございます!」

「ところで、彼氏ができたからと言って急に辞めたりしないよねぇ……?」


 部長のそれはもはや圧だった。

 しかし、歌恋は当然とばかりに胸の前で拳を握った。


「もちろんです! 歌恋はそうちゃんみたいに薄情じゃないんで‼」

「だから辞めるつってないだろ……」


 部長ならまだしも、なんで歌恋が怒るんだよ……。


 大体、コイツは俺に依存しすぎなんだ。子供の頃からずっと一緒だったからというのはあるだろうが、これから先もずっとこのままでいられるわけじゃないんだ。


 だから、そういう意味でもこれはいい機会だ。


 歌恋にとっても、俺にとっても……。


 これ以上、コイツと一緒にいたら俺はもっとダメになる。


 もしかしたら、もっと早い段階で距離を取るべきだったのかもしれない。




 そしたらにならず済んだのだから……。

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