#6「恋愛相談」
ふと、はす向かいでこちらのやり取りを窺っていた伊波がこほんと咳払いした。
「それはそうと歌恋、話があるんじゃなかったの?」
「あっ、そうだった! そうちゃんも部長先輩も聞いてください‼」
そう言って、歌恋は伊波の隣、部長も俺の隣の席に腰を据えた。
大事な話だとか言っていたが、歌恋の話なんて大体想像が付いている。
「で、彼氏がなんだ?」
「え、えぇー、なんで相馬くんのことだってわかったのっ⁉」
「お前、最近そればっかじゃねぇか。さっさと話せ」
「なんか歌恋の扱い雑じゃない……?」
恋愛脳というやつは、往々にして自分の恋愛談を話したがるものなのだろう。
だが、話を聞く側は大体――。
「他人の恋路なんぞ一ミリも興味湧かねぇんだよ」
「うわぁーん、そうちゃんがグレたぁー‼」
「まぁまぁ、いいじゃない恋バナ! 私は好きだぞ恋バナ‼」
「部長せんぱぁーい! 大好きっー‼」
「他人の恋バナほどバカにでき……愉快な話はないからねぇ‼」
ダメだ、この人も大概だった……。
目も当てられず思わず顔を逸らすと、不機嫌そうな猫目と視線がかち合った。
伊波は忌々しいとばかりに唇に歯を立て、何故かこちらを睨み付けていた。
歌恋の恋バナが気に食わない、というような顔だ。
てか、なんで俺を睨むんだよ。八つ当たりじゃねぇーか……。
「ふ、冬璃ちゃんは聞いてくれるよね……?」
「ええ、もちろんよ」
歌恋が縋るような上目遣いを伊波に向けた瞬間にはすでに穏やかな微笑に戻っている。
もはや達人芸である。表情筋の扱いはコロッケとかの領域だ。
「歌恋の味方は冬璃ちゃんしかいないんだぁ~‼」
「はぁ……。分かったよ、聞けばいいんだろ。で、喧嘩でもしたか? 別れるか? おん?」
「そうね、きっと相性が悪いんだわ。彼とは少し距離を取った方がいいんじゃないかしら。他にもいい人はたくさんいるし、歌恋が悩むことないわ」
「ちょ、ちょ喧嘩してないし、別れないよ‼ なんで急に息ぴったりなのっ⁉」
「息ぴったりじゃねぇよ……」
思わず、伊波と一緒にされたことが突っかかって反応してしまった。
俺は平静を取り戻すため、肺に溜まった空気を吐き出す。
すると、歌恋が喉の調子を整えるよう咳払いしたのが聞こえた。
「そ、そうじゃなくてね……えっと……」
珍しく歯切れが悪い歌恋。
ほんのり頬を紅潮させて、モジモジと照れたような仕草で上目遣いを向けてくる。
「な、なんだよ……」
長いまつ毛、濡れた大きな瞳に赤みを帯びた童顔。
そのなんとも言えないミスマッチが大きな破壊力を生み出し、こっちまで顔が熱くなってくる。俺はそれを誤魔化すようについ視線を逸らしてしまった。
そのまま、しばし躊躇うような間があったが、やがて意を決したように歌恋がか細い声で話を続ける。
「あ、あのね……相馬くんと付き合ってからもう一週間だし……そ、その、そろそろ次のステップ、というか……その……」
「つ、次のステップ……⁉ って、具体的には……?」
と、思わず身を乗り出してしまった。
まずい、取り乱した。ていうか次のステップってなんだよ。何のステップだよ……。
俺が激しく動揺していると、部長がポンと肩に手を置いてくる。
「男女の次のステップと言えば一つしかないでしょ~。付き合いたての高校生カップルがまずすることなんてセッ――」
――ガタッ、ガタガタッ‼
椅子が倒れる大きな物音。
「セッ、セッ……⁉」
激しく動揺している人物が、この場にもう一人いた。
伊波は身を乗り出し、顔を真っ青にしながら目を瞠っている。
部長は事も無げにつらつらと話を続けた。
「初体験なんて儚いものさ。高校デビューした勢いそのまま、ノリで付き合ったよく分からない男と初体験なんてよくある話だろう? 知らんけど」
知らんのかいッ‼
また適当なことを言って、この先輩は……。
「……部長、ちょっと黙っててもらっていいですか」
「じょ、冗談だよ冗談! 謝るからそんな怖い目しないでぇ~……」
すると、俺や伊波以外にも動揺を露にしたもう一人がガバッと立ち上がった。
「へ、変なこと言わないでくださいよぉ! 歌恋はただ手を繋ぎたいだけだもん‼」
歌恋が顔を真っ赤にしながら訂正した。
「なんだ、そっちかぁー。官能小説の読みすぎだねぇ~」
「ホントですよ、反省してください」
ちなみに部長は文芸部で官能小説を執筆して新人賞に送ることを主な活動としている。
まったく、変な汗かいたじゃねぇか……。
「それにしても、手を繋ぎたいだなんてウブで可愛い悩みだねぇ~」
「うぅ……」
部長が言うと、歌恋はますます顔を赤く染めて俯いてしまう。
そんな様子を見ていると、胸を締め付けられるような不快感に襲われた。
と、その時――。
ギギィ、と椅子を引く音。
突如、歌恋の隣に座っていた伊波が立ち上がったのだ。
「ふ、冬璃ちゃん?」
「ごめんなさい、急用を思い出したの。少し席を外すわね」
「え、あっ」
そうして、伊波は返事を待たずして部室を出て行ってしまう。
取り残された歌恋は心配そうな顔で伊波を見送っていた。
「どうしたんだろう、冬璃ちゃん……?」
「あちゃ~、伊波さん下ネタ駄目なタイプだったかなぁ……」
「伊波に限らず駄目ですよ……」
少なくとも会って数日で下ネタぶっこまれたら警戒もするだろう。
まぁ、アイツはこの場の少女漫画みたいなピュアピュアな空気に耐え切れなくなっただけだろうが。だが、それを俺から歌恋に話すのも変な話だ。
「教室に忘れ物でもしたんじゃないか?」
「ん、かもね」
と、不意に――ブブブッとスマホが振動する。
通知を確認すると、伊波冬璃からメッセージを受信していた。
え、こわ。なんで俺のライン知ってんだよ……と思ったが、そういえば昨日文芸部のグループに伊波が参加したから、そこから俺のアカウントを登録したのだろう。
くそ、迂闊だった……。
おそるおそる受信したメッセージを確認すると、そこには一行。
『――今すぐ屋上まで来て。来ないと殺す』
実におどろおどろしい一文が綴られていた。
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