どうやってるのそれ?

 ミディが冷やした生石灰のかけらを直接手で触れないよう、そのあたりに落ちていた大き目の木の葉を使って慎重にかき集める。


 生石灰を手で触れてしまうとそのアルカリ性によって手が荒れてしまう。最悪手の皮がずる剥けになりかねない。


 これから探検だというのに今の内から怪我はしたくないから。


「ねえミディ。さっきの冷やす魔法、一体どういう原理なの?」


 熱を加えるなら強い光やエネルギーをぶつければいい、という火炎魔法の原理は理解できるのだが、熱を奪うという魔法の原理についてはいまいち理解できていない。


「なあに簡単な話だよ。山の頂上は空気が薄くて寒いだろ?あれと同じだよ。対象の空間に密度を疎にしたのさ。」


「疎?空間の空気とかを遠ざけたって事?」


「まあそんなもん。対象の空間自体を無理やり広げて、実際の空間の体積を広げる。すると、その空いた空間を代わりに埋めようと熱エネルギーが物体から出てくる。そうやって冷やすのさ。」


「増やした空間は後でどうするの?」


「ああ、少しずつ上空の何処かに排出してる。まあ煙は出ないから安心しな。」


(この魔法の原理は云う成れば、断熱膨張の原理を元に為されている。ボイル・シャルルの法則の通り気体が膨張し圧力が小さくなると気体自体の温度は低下する。そして熱力学第二法則の熱は熱い物から冷たい物へと移動する、これによって対象物の温度を下げているのだ。)


 何となくの原理は理解できたけど、普通の魔法とは違って実質的に空間を操作する類の魔法じゃないのこれ?そんな風に簡単にできる物じゃないんじゃないの?


 んー、やっぱりミディは魔法に関しては天才だわ。でもやっぱりどこかおバカなのよねえ・・・。


 念のため用意していた小さい麻袋に生石灰を粗方入れ終わると、私はキャスカに向かって「全部入れたよ」と告げる。


「よし、じゃあこれで準備は出来たから、森の中に入ろうか。」


「うーい。んじゃあまあ入るべ。」


「そうだ、リエラ。これ今着けておけ。」


 キャスカが私に金属の円筒状の物を投げつける。ずっしりと重いこれはどこかで見た事のある形をしていた。


「これって・・・、ミディに渡したあのお香のペンダントじゃない?」


「そうだ。新月香に改良、というよりは熊胆をちゃんとしたものに変えてな。人間にとっては無臭の物になった。ついでにモンスター避けに特化しておいた。ミディ。」


 キャスカは新月香の束をミディに渡すと、ミディは早速束から一本取り出し香の先端に魔法で火をつけ、それをペンダントの中に慎重に納める。


 ペンダントからは薄っすらと煙が漂い始めるものの、それはすぐ消える。


 肝心の匂い、キャスカが匂いの対策をしたと言っていたが、それはどうだろうかと私はミディの様子を窺うものの、ミディは拒否反応を示すことは無かった。


「ああ本当だ。あの魚臭さがねえな。こりゃいい。これでどのぐらい持つんだ?」


「これで半日持つ。ほらもう効果が出始めた。」


 目の前にゆらゆら揺らめくように気球が浮かぶが如く浮いていた蚊柱は、新月香に火が灯った瞬間から揚力を失ったように地面にゆっくりと着陸する。


「これ、死んだの?」


「いや。気を失ってるだけだ、と思う。一応ネズミ程の大きさの動物は眠くなったり気を失っていたから。」


「人間には・・・。」


「それは大丈夫。人間へ効果が出るにはこれを数十本同時に焚いて目と鼻の距離から何分も吸い続けなければだめだ。」


「ふーん・・・。」


「あんまり信じてないな?リエラ、私を信じろ。私が失敗した事あるか?」


 うーん、キャスカが失敗・・・。しょっちゅうある気がするなあ・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る