粗悪品?

「・・・そんなに強力なのか?これ?」


「ああ、何なら忌避成分と臭いを増やせばモンスターだって寄せ付けないぞ。だから一気に大量に焚こうものなら、ってこら!」


 ミディは火炎魔法を右手の指先に灯し、何かよからぬ事を考えつつ目を血走し息をハアハアと上げてキャスカから手渡された新月香に点火しようとしていた。


 その様子をみてキャスカはまるで人が死にかねないというような危機感のある顔でミディの右手をガっと力強く掴み、その無邪気かつ邪悪な試みを阻止する。


「おいミディ!うちの店を台無しにする気か!?」


「ちょっと、ちょっとだけだから・・・。」


「何がちょっとだけだ!火をつけるのはお前の家に帰ってからやれ!」


 諦めの悪いミディがまた新月香に火をつけようとするたび、キャスカはミディにけたぐり、苦しんだばかりの鳩尾に再度拳をめり込ませる。


 ミディは漸くあきらめたのか手元の新月香をはらりと離し、「ギ、ギブアップ・・・。」と小さく音を上げるのだった。


「ミディ、そろそろいい加減にしなさいよ。本当に出禁になっちゃうわよ。」


 私はミディへ心底呆れた顔をしながら言うと、ミディは口先を尖らせながらちぇっと悪態をつく。


 ああそうだ、ちょうどいいからさっきの話をミディにしておこう。


 たぶんキャスカも頭に血が上ってすっかり忘れてるだろうし。


「キャスカ、探検の話、ミディに言ったら?」


 キャスカは想像通りさっきまでの馬鹿騒ぎで探検の事を忘れていたらしく、私の言葉を耳にした途端に先程の怒り狂った表情からはっと我に返る。


「ああそうだ。こんなバカな事してる場合じゃなかった。おいミディ。今度森に素材収集の為に探検に行くぞ。数日間どっか空いてるか?」


 ミディは先程まで苦しそうにひぃひぃ言っていた筈なのに、アッという間に回復したようで何事も無かったように立ち上がりながら伸びをする。


「んああ、六日後ぐらいなら数日空いてんな。というか森?どこの?」


「エンデリンの森だ。」


「あそこ、結構モンスター出るんじゃないの?」


「それは対策する。新月香の強化版を持ってく。結構効果あるんだけど、臭いんだよ。覚悟しとけよ」


 キャスカはその匂いを思い出し、やれやれと言った感じで溜息をつく。


「キャスカ、やっぱりそんなに効くのかコレ?匂いで?」


「強化版はな。それはもう一本だけでも十分なのに二本同時に焚こうものなら、数日間は匂いが取れないぞ。」


 キャスカの探求心がまた擽られうずうずとし出す。


 その様子を見たキャスカが懲りない奴めと言った様子でミディにまた釘を刺す。


「絶対に一本ずつだぞ。いいか、飯が食えなくなるぞ?この匂いを例えるなら、そうだな。鰯の塩漬けあるだろ。くっさい奴。アレと良くれた魚醤、その二つを足して二で割らない感じだ。解るか?」


 鰯の塩漬け。あれは私も臭いがきつくて嫌いな奴。


 鰯の生のままの身を塩水で数年発酵させるので、相当な腐敗臭が食べる時に周囲一帯に立ちこめる食べる事自体に覚悟を強いられるとんでもない食べ物。


 それに魚醤。


 鰯や色々な魚を塩水と一緒に発酵させてドロドロにした、ソースや付け合わせに使うやつ。

 少量なら何とか、だけどもやっぱりとても臭い。


「キャスカ。それ、原料何なの?」


 私はキャスカに至極怪訝な表情で問いかけると、キャスカは何か嫌な事を聞かれたような顔をして煙に巻こうと返答する。


「そ、それはあ、あれだよ。この間の・・・。」


「噓でしょ?あんな匂いしてなかったでしょ?まさか変なの使ったの?それとも何?」


「いや、ほんとこの間の奴だよ!ちょっとその、熊胆ゆうたんも、入れたけども・・・。」


「熊胆!?高いでしょ!」


「いや、うん・・・。高い・・・筈なんだけど・・・。安いのが手に入ったから・・・。」


 熊胆、熊の胆嚢。


 臭いは無い筈だけどとても苦い。そしてお値段が途轍もなく高い。


 効能は解熱、抗炎症作用など多岐にわたる。


 たまにある粗悪品は魚臭い・・・、ああなるほど。キャスカは粗悪品を掴まされたのか。

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