透明人間
「いらっしゃい、今行きますからね。」
返事がない。何時も来る爺さんばあさん達なら「はよしてくれとか、腰が痛い」などと催促されるものだが、その悪態をつくような言葉すらない。
という事は、新しいお客さんかそれが出来ない緊急の用事の人間だろうか。
であるならば尚更の事お客さんの所に急がないと。
ガランガラン。
またウェルカムベルが私を催促するように鳴る。だがやはり声は聞こえない。
いや、声どころか物音すら聞こえない。
まって、ついにこの町にも強盗が出たの?そんなに治安悪かったっけここ?
「はあい、なにかご入用で?」
私は意を決して奥の待機部屋と店頭を仕切る暖簾をくぐり、そこに居るのであろう来客に私は声を掛ける。
だがやはり返事は無い。誰かが居るそぶりも無い。
商品の位置も朝の頃から変わりはない。
私以外の存在が無いように思える店内なのだが、またガランガランとウェルカムベルが鳴る。
私はその方を見るものの、人の影どころか店内に差し込む日差しの揺らぎすら存在しない。
「こっちだよ、リエラ。」
突然耳元で私を呼ぶ声が聞える。
明かに聞いた事のある声、この声の調子はミディの筈だ。
私は声が聞えた方に振り返るが、其処に在るのはやはりいつもの店内の様子でミディの姿形すら見出す事が出来ない。
「リエラ、こっちだって。」
今度は反対側からミディに囁かれる。
「ねえミディ、いい加減にして?何か用?」
と、私はミディの悪戯を制止しようと声がする方へまた振り向くものの、やはりミディの姿形を見出すことは出来なかった。
「ねえミディ、ほんとやめて?営業妨害だよ?」
「ははは。」
姿を見せないミディは私の事をからかうようにまた、左右入れ替わりながら私の耳元でささやき続ける。
右を向けば左、左を向けば右、後ろ、前。私の事をあざ笑うように。
「ねえほんと・・・。」
「なんだミディじゃないか。お前変な魔法使い始めたな?」
店頭の私の様子が何かおかしいと感じたのだろうか、キャスカが部屋から薬草のカタログを持って欠伸をしながらペタペタと歩いてくる。
「キャスカ、ミディだと思うんだけど何処に居るのか分かるの?」
「そんなもの簡単だよ。声のする方にちゃんと居る。」
「え?そうなの?何も見えないじゃない。」
「そういう魔法なんだよ。そこ!オラア!」
キャスカは突然振り返り薬草のカタログで何もない所を思いっきりフルスイング。
途端、ドゴンと何かがぶつかる重い音と共に「痛ってえ!ううぅ。」というミディの苦しむ声が店内に響き渡る。
彼女が振りかぶったカタログは、その名の通りカタログではあるが薬草の効能などすべて書いてある辞典のような物でかなり重い。
その為、人一人打ちのめすのは造作もない事ではあるものの、辺り場所が悪ければやっぱり死人が出そうな気もする。
次にキャスカがカタログ持ち歩いているときは気を付けようっと。
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