第6話 悪役令嬢は真夜中に暗躍?する?

 とある深夜。時計の針は午前2時を指している。

なじみの家である小山内家はもちろん、周囲の家々も殆どの家の電気が消え、住宅街は静寂に包まれていた。

 当然なじみの部屋の明かりもカーテンが閉まっていて、電気も消えていたのだが、ふいにその部屋の明かりがパッと点く。


「…さてと」


 その部屋の灯りを付けたのは当然その部屋の主なじみである。

 ただ、その表情は普段の彼女のものとは違って、何処か目つきが鋭く、厳しい表情をしている。とても寝起きで寝ぼけているという感じでない。

 パジャマ姿のなじみは、本棚から適当に本を手に取るとそれを真面目な顔で眺め、ページをぺらぺら捲ったり、パソコンを起動して何やら調べ物をしたりとしている。


「……まったくこの世界には便利なものがありますのね……」


 そう。これはなじみが夢遊病で行動している訳ではなく、なじみの身体をアクーヤが使っている状態なのである。

 なじみの意識がない状態ならアクーヤが体の主導権を持てる…要するになじみの身体を使って行動できると、アクーヤが気が付いたのは実は結構早い時期だった。

 彼女が寝静まった真夜中、アクーヤがふいに自分の身体を動かすようにイメージをした結果、なじみの身体を動かすことが出来てしまった。ただし、なじみの意識があるときにはそうはならなかった為、自分が彼女の身体を使用できるのは、彼女の意識がない時に限られるようだとわかったのだ。

 それから、アクーヤはなじみにばれないように深夜起き出しては独自にこの世界の勉強と情報収集をしていた。パソコンやスマホなどなどの使い方は、昼間のなじみが行っている操作を見て勝手に覚えていたし、スマホのロック解除のパスワードなんかも把握している。

 一つの身体に二人の意識が入っているという特殊な状況に気を取られ、なじみ自身もまだ気が付いていないが、既になじみのプライバシーは完全に消滅しているのだ。

 まずアクーヤは、この世界における『恋愛』のセオリーを学ぼうとした。なじみ自身の本棚の小説や漫画などを読んだ。しかしこれだけでは、彼女の趣味趣向を形成したであろう一因が知れるだけで、この世界の主流かどうかはわからない。サンプルが足りない。もっとたくさん知らなければ…とアクーヤは考えた。そして、次に頼ったのはインターネットである。

 なじみ自身が、料理のレシピを調べたり、欲しい本を通販で注文しているのを見ていたアクーヤはこの珍妙な装置が、想像よりもはるかに様々なことができることを知った。


「…あら…ここに悩みを記入すると、答えてくれるなんてサービスがありますのね…」


 アクーヤは、数々の恋愛小説を読み漁り、また恋愛相談サイトを見つければその掲示板に書き込んでみたりもした。


―———子供の頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染を異性として愛していますが、相手はそのことに気が付いてくれません。どうしたら彼に自分を異性として意識させることが出来るでしょうか?


「…この世界における恋愛のプロだという愛権田沙耶香あいごんだ さやかなる人物がどれほどのものかは知りませんが、見たところ随分と多くの信奉者を抱えている様子…。お手並み拝見と行きましょう」


 何故か相手を見定めてやろうと言わんばかりの得意げな様子で、腕組みをしてモニタを眺めたりする。心なしか楽しそうですらあった。

 問題は、アクーヤにハンドルネームという概念がなく、名前欄に普通に「小山内なじみ」と書いてしまったことだったりするのだが、とりあえず今のところは置いて置くこととする。


「……ふぁ…と、さすがにそろそろ休まないといけませんわね。回答がいつ来るかはわかりませんが、楽しみにしておきましょう」


 アクーヤは漏れるあくびに合わせて手を口元に当てながら、そう呟いてパソコンの電源を落とした。

 本当ならもう少し情報収集を行いたいところだったが、身体は二人共有なのである。こうしてこっそり夜中に体を使うと言うことは、その分なじみが睡眠しているはずの時間を奪っている…と言うことになる。つまり、なじみからすると、「たくさん寝たはずなのに全然疲れが取れていない…」という状態になってしまうのだ。


「ただでさえあのはうすらぼんやりしてるのだから、疲れのせいでまたやらかされても困りますものね」


 そんな風に悪態を付きながら、アクーヤは再びベッドへと戻っていくのだった。

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