第7話 悪役令嬢、JKになる
アクーヤが懸念していたなじみの"やらかし"は思ったよりも早く訪れた。
正確に言えば別に"やらかした"わけではなかったのだが、アクーヤからするとそう思えた。
体育の授業中、幼馴染くん♂が後方から飛んできたボールに気が付かないでいたところを、たまたまた近くにいたなじみが咄嗟に庇った為に、頭にボールを食らってしまい気絶してしまったのだ。
残念ながら気絶したなじみをお姫様抱っこして運ぶ筋力も甲斐性もない幼馴染くん♂は、倒れてしまったなじみをみてオロオロするばかりで、そうこうしている間にクラスでも人気のあるイケメンスポーツ男子、
タイミング悪く保険医が不在の様子だったが、津良貝は開いているベッドの一つになじみを下した。
「うっ……うう……」
なじみの口から小さく漏れ落ちる呻きに、津良貝は心配したような表情を浮かべる。一度はベッドの上に横になったなじみだったが、そのままゆるりと上体を起こし、足をベッドサイドへと下ろして、座る形になった。
「…運んでくれてありがとう…迷惑をかけてごめんなさい…」
意識は戻ったようだが、その声はまだ少し苦しげだ。
「…いや、俺は全然へーきだけどさ!小山内さんは、まだ無理しないで横になっちゃった方がいいよ。先生は俺が探してくるからさ」
「…………」
何やら何処か照れたような様子で、なじみを見つめる津良貝。
なじみは今の状態を確認するように、周囲へと視線を動かし、最後に津良貝に視線を戻す。
津良貝は、なじみと目が合うとにこっと爽やかな笑顔で微笑む。
「…俺さ…、実は、小山内さんのことちょっと良いなって思ってて…」
そう言いながら、ベッドサイドに腰かけているなじみの隣に座ると、そっと手をとり、ぎゅっと握る。
「だから、倒れたのを見て放っておけなかったって言うか…体が勝手に動いたっていうか…だからさ、その、小山内さんに何かあったら心配だから、無理して欲しくないんだ…」
クラスの女子たちから顔が良いと言われる彼にこんな風なことを言われたと知られたら、クラス中の…いや学年中の噂になることは請け合いだろう。
これはある意味で予防線は張っているがほぼほぼ告白だ。自分を見る目がキラキラ(ギラギラ?)してるだとか熱を帯びてるだとか、言われてみれば先日クラスの女子たちが話していた特徴とも合致している。
なんとなく”良い雰囲気”に思える、静かな保健室。
恐らくは津良貝自身、そう悪くない反応を貰えると思っていただろう。
しかし、彼の耳に届いたのは思いも寄らない台詞だった。
「…………運んでいただいたことは感謝していますけれど、……交際しているわけでもない異性に急に手を握られたりするのは不愉快です。私と親しくなりたいのなら、もう少し順を追って下さいませんこと?」
「え?」
「…それに、頭を打って意識が朦朧としている相手にどさくさ紛れに告白まがいのセリフを言うのも卑怯じゃありません?もう少し状況と言うものを考えて頂きたいと思うのですが…」
クラスでも1、2位を争う可愛くて、そしてなにより優しいと評判の美少女が、眉間に皺をよせ、心底嫌そうに自分の告白にダメ出しをしている。
普段モテ男であればあるほど、その状況が信じられず、飲み込めず混乱状態になってしまうだろう。
「え?え?…お、小山内さん…今、なんて……」
「私はお言葉に甘えて休みますから、貴方はもう授業に戻られたらどうかしら?」
「…あ、う…うん…」
「先ほどの話は聞かなかったことにしますから、貴方もそうしてくださいませね」
その言葉は、普段のなじみには…いや、現代日本で生まれ育った普通の高校生には到底出せない高圧的な態度で津良貝を保健室から追い出すと、なじみ…の姿をしたアクーヤは、大きくため息を一つついて、先ほど津良貝に握られた手を保健室のベットシーツでゴシゴシと拭いた。こんなところを見てしまったら彼も泣いてしまったかもしれないので、ちゃんと追い出してからこの行為を行っているアクーヤも鬼ではないのだろう。
「…まったく…不届きにもほどがありますわ…」
彼に手を握られた瞬間、アクーヤはゾワっとしてしまっていた。これがアクーヤ自身の嫌悪感からなのか、なじみの身体の拒絶反応だったのかはわからないが、とにかくなじみの身体はゾワっとしてしまったのだ。これも彼が気が付いていたらショックを受けてしまったと思うので以下略。男女の仲と言うのは、時に残酷なものなのである。
「………さて、本当にここで一休みしていても良いのですけれど―――…………」
アクーヤは、なじみの身体で小首を傾げつつ、軽く保健室の中を見回す。
先ほどまでは頭痛がしたり、眩暈がしたりしていたが、今は落ち着いている。
これなら特に休んでいなくても大丈夫そうだ。
なじみの意識はまだぶっ飛んでいるが、身体にそこまで深刻なダメージがある訳ではない以上、そのうちそれも回復するだろう。
「…………せっかくの機会ですし、少しくらいわたくしが"女子高生"をやってみても、なじみも許してくれますわよね?」
悪戯めいた輝きを瞳に宿し、唇の端を軽く釣り上げる。
そうして、ぴょんとベッドから下りると、ぴしっと背筋の伸びた綺麗な姿勢で保健室を後にするのだった。
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