最高の一皿のために

澄風一成

最高の一皿のために

 彼女には左脚がなかった。


 聞いた話によると、生まれながらにして無かったわけではなく、事情があって左脚を失ったらしい。でもどうしてか、彼女が可哀そうだとか、あるいは、事情を知りたいとかは思わなかった。その理由は自分でもわかっている。彼女の不気味さであった。左腕がないことがより一層彼女を不気味な存在にしているのかもしれないが、そうでなくても、彼女の放つ雰囲気に触れると冷たく、背筋がむずむずとする。


 いつだったか、彼女はこんなことを言っていた。

「私はお料理が好きなの。でもただの料理じゃダメ。誰も食べたことがないような食材で、誰も食べたことがないような一皿を作る。それが私の夢よ」


―――誰も食べたことがない食材。

 そんなものがこの世の中にあるのだろうか。

 あったとして、そんなものをどうやって入手するのだろうか。入手できないから誰も食べたことがないわけで。


 その答えを彼女はすんなりと教えてくれた。

「入手できない食材なんてないわ。人間は野に分け入り、山に登り、海に潜り、どんな食材だって手に入れてきた。狩る者と狩られる者という上下関係がある限り、そして、人間が狩る側に君臨する限り、どんなものだって手に入るわ。でもね……」

 彼女は笑みを浮かべて続ける。

「それは、狩る者と狩られる者という関係があって初めて成り立つの。だからね、唯一簡単に手に入らない食材があったのよ。それを手に入れる代償は大きかったわ」


 彼女は切り落とされた左脚をわずかに動かして見せた。


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