あつらごっこ
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
こう言っちゃ不謹慎なんでしょうけど、わりと切迫したお話が多くて安心しましたよ。僕もね、この件で警察に相談してて……いや本当にね、シャレにならないんでね。生死を問わず被害はかなり出てるんですよ。誰が最初にこんなこと始めたんだか……この話に題名でも付けるとすれば、そうですね。「あつらごっこ」、とでも言うんでしょうかね。
ええ、そう……言語にはルールがあるんでね、それに基づいて分解していけば、単語ごとの意味も見えてくるんですね。知っている単語と知らない単語のすり合わせもして、そうやってボキャブラリって増えていくと思うんです。だから、親戚の子に「あつらごっこしよ」って言われたときもね、“あつら”の真似をするごっこ遊びだって、そう思ったわけです。いえ、間違いではないんですよ。
ただまあ、今言った通りにね? 知らない単語の意味を聞くことがあるでしょう。僕もその子に「“あつら”ってなに?」って聞いたんですよ。でも、明確な答えが返ってこなくてね……ただ、その「あつらごっこ」っていう遊びがものすごく不気味でして。こうやって首を手で曲げて、ぎりぎりまで傾けてから「ぼぉー、ぼぉー」ってできる限り低い声で鳴くんだそうです。鳴くって言っても、意味分かんないでしょ? でも、そういわれたんですよ。フクロウとかそういう鳥なのかなって思って、調べたんですけどね……“あつら”ってのはどこにも書いてなかったですね。
ネコの気を惹こうとしてにゃーおって鳴きまねをしてみたり、犬をからかう悪ガキがわんわん、うぉんって小ばかにしたように吼えたり。そういうのはね、いたるところで見かけますから。別におかしなことじゃないでしょう、それをやる理由ってのも理解できないものじゃない。ただ、「あつらごっこ」の目的がぜんぜん分かりませんでした。
もとになった“あつら”の気を惹きたいだとか、かわいらしいとか面白い反応をするとか、そういったふうには見えなかったんですよ。ネコごっこや犬ごっこではないですけどね、鳴きまねも。ただ、“あつら”の真似をするとどうなるとか、どこにいるとか、そういうのを親戚の子は知らなかったんです。学校で友達に聞いたっていうんで、ゲーム機持ち込んでちょこちょこ聞きに行きました。それでまさか、あんなことになるとは思いませんでしたけどね……。
親戚の子……タツミくんと一緒に、ゲーム機を持ってキミトくんの家に遊びに行ったんですよ。アリオくんとロウコくんって子もいました。学校だとけっこう詳しい方だってことだったんで、サジコーの二人プレイやりながら聞いたんですよ。え? いやふつうにアイテムは譲りますけど。さっきからなんか、ねじ曲がったコメントばっかしてません? なんかありました? まあ、いま主題じゃないんで言わなくていいですよ。
学校で流行ってるってわけじゃなくて、誰か友達が聞いてきて真似してるってことでした。なんで真似するんだって話なんですけど、いや、ほんとにね? 話なんですけど……いやにスレた感じの話でね。なんでも見つかる場所に連れて行ってもらえるんだそうです。ただ退屈してるなら暇つぶしが見つかるし、寂しい子には遊び相手が見つかる。買ってもらえないゲームをやれたり、親が薦める習い事とは違う夢も見つかったりするだとかで、何年か前からあるんだそうです。
知る人ぞ知る、って感じの「あつらごっこ」なんですけど、作法があるらしくて。ひとつは……首を曲げるときは。人の手を借りてもいいから、できるだけ無理をすることだそうです。……ええ。ふたつめは、三人以上でやること。みっつめは、必ず窓を開けてやること。よっつめは、願い事は口に出すこと、らしいですね。ただまあ、ちょっとね……やったのが冬だったんで、窓を開けるところだけ省略したんですよ。だからなのか、そうじゃないのか……それは、今でも分からないままです。
やろうよって誘われたので、僕も参加することになりました。二階にあったキミトくんの部屋で、窓を開けようとしたら風も吹くんで、まあいいかって話になって。サジコーはいったんやめにして、みんなで首を横倒しにしてぼぉぼぉ言う、一種異様な光景ができあがりました。いやぁほんと、気持ち悪かったですよ。ぼぉぼぉ言う合間に、新しいゲームが欲しいだの、スパイクが欲しいだの……そこまでだったら、かわいいものだったと思います。
でも、突然ね。キミトくんが「ダメだ足りない!」って言いだして……アリオくんの首の曲げ方が下手くそで、これじゃ「あつらごっこ」にならないと。そんなことを言って、アリオくんの首に手をかけたんですよ。ぐいぐいやって、横に曲げようって話で……まあ、さっきおっしゃった通りですね。異様な目つきをしたキミトくんが、アリオくんの首を折ってしまって――今後は一生、全身不随だろうと。
自分の体に対して何かやるときはね、人って無意識のブレーキが働くものなんです。だから、ツボ押ししてもあんまり効かなかったりしてね、痛いって思うほど押せなかったり。でも、他人にやるときは違う。女の子に容赦なくぶっ叩かれて、思ったより痛かったって経験ある人います? あれってね、手加減をいっさい考えてないからなんですよ。相手は強くて自分は弱いから、そんなことしなくてもいいって。
いえ。そんな一般論で締めようってんじゃないです、だったらここには来ませんよ。
確かにね、見たんですよ……横倒しのペストマスクみたいなのが、窓の外にあって。目が合った瞬間に、ぬぅっと暗闇の奥に引っ込んでいったんです。間違いない、“あつら”だって思って、窓をがっと開けて外を見ました。外は真っ暗なのに、逆に鮮明に見えるくらい真っ黒くて、……形はアメンボみたいでした。にょろっと引っ込んだのは首だったんでしょうね。横倒しのペストマスクは恐ろしい勢いで進行方向に向き直って、とんでもない勢いでぴょんぴょん飛んで、逃げていきました。
身近な人で「あつらごっこ」をやろうとしている人がいたら、絶対に止めてください。うまくいかなくても危険だし、小学生が首を折って全身不随って事例も、もう何例も出てるんです。それに……推測の域を出ないんですけど、この遊びが流行り出したらしい、って言われてる最初の学校、■■付属小学校ってところ。この二年で、三十六人の行方不明者が出てるらしいんですよ。
サークルも教諭陣も関係ない、この場にいる全員にお願いします。「あつらごっこ」を止めてください。どうかお願いします。
あつらごっこ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます