希望が降った世界と、

@hyorigan

希望が降った世界と、

昼休みになった。和樹が僕と向かい合わせになるように座った。

「大輔!放課後カラオケでもいかね?今日、金曜日だしさ一週間のストレス吹っ飛ばそうぜ」

「ああ、いいよ。行こうか」

「よし、拓海も誘って三人で行くか」

 僕と和樹は同じクラスで拓海は隣のクラスだ。僕たち3人は一年生の頃クラスが一緒でその時仲良くなった。2年生になった今でも3人の交流は続いている。

「まだ6月なのに気温が35℃超えてるらしいぞ。こんなに暑いと何にもやる気でねえよ」

 そう言いながら和樹は弁当箱のランチクロスを解いている。

 だんだんクラスがにぎやかな雰囲気になってきた。机を寄せ合っている者、他の教室や食堂に向かう者が増え始めた。極々少数だが先ほどの授業の問題を粘り強く解いている者もいる。

「でもまあ、暑いのは嫌いじゃないけど」

 僕はそう言いながらコンビニで買ってきたメロンパンの袋を開ける。

「俺も寒いよりかは耐えれるけどよー限度ってもんがあるわ。だってさっきの授業、暑すぎて寝ちゃったもん」

「和樹は季節関係なく寝てるだろ」

「てへっ、ばれちった」

 和樹はわざとらしく笑って見せた。

「そういえば今日石原と山内来てねぇんだな。あいつら来ても授業受けねぇし休み時間はうるせぇしでろくなことないけどよ」

「また、パチンコでも行ってるんじゃないの?酒とたばこもやってるらしいし」

 石原と山内は俗にいう不良だ。生きている限り周りに多少の迷惑は掛かると思うが故意にする意味が分からないし度が過ぎている。僕も好きじゃない、言ってしまえば嫌いだ。


 そんな話をしながら和樹がふいに外を見た。

「なんだあれ?」

 和樹が目を細め、窓の外、上空を眺めている。僕もつられるように和樹の目線の先に目をやる。何かがこちらに向かって飛んできている。鳥?飛行機?もしかして宇宙船?クラス全体がざわつき始めた。皆窓から体を乗り出して空を 見上げている。変な汗が体から吹き出る。

「やばくない?これ」

 誰かがつぶやいた。その瞬間クラス、いや、学校全体、町全体がパニックに襲われた。みんな、死を悟った。少なくとも僕の目に映っているクラスメイト全員は。

 嫌だ、まだ死にたくない。何をすればいい。どこに逃げればいい。誰がこんな現実を受け入れられるというのだ。ああ、時間がない。パニックは収まらない。担任の西山先生が教室に勢いよく、息を切らしながら入ってきた。窓のほうへ駆け寄る。空を見上げる。みんな先生が次に何を発するのか、もしかしたら助かるかもしれない、何か指示があるはずだと期待した目ですがるように見つめている。先生は視線が自分に集まっていることに気が付いた。その瞬間、教室に入ってきた時よりも速いスピードで逃げ出した。みんな呆然としている。太陽のようにまぶしい笑顔でいつも接してくれていたのに、裏切られたような悲しいような感情ともう少しで死ぬかもしれないという焦燥感とが入り混じり動けなくなった。

 誰が今日、人生最後の日になるなんて想像したのか。


 6月24日金曜日、午後12時50分

 隕石が目と鼻の先にある海、山、工場に直撃した。

 光芒一閃、桁違いな地響き、街全体が突如降ってきた絶望に泣き叫ぶ声が聞こえる。

 足元が揺れる。どこからともなく工場の建物が4階の教室に飛んできた。

「あ…。」



(1回目)


「うわぁ!」

 勢いよく飛び起きた。使い慣れたベッドの上、見慣れた部屋、自分の部屋だ。

「え、あれ?死んだはずじゃ…っていうか学校が…いや街全体が…、」

 頭で整理が追いつかない、ゆっくり深呼吸を3度する。すぅーはぁー、すぅーはぁー、すぅーはぁー。よし、自分は冷静だ、そう言い聞かせる。自分の身に起こった事と現状を冷静に考える。え、いやこれは普通に考えて一つしない『夢か』そう思うほかなかった。当たり前と言われればそれまでなのだが…。

 しかし、夢だとは思えないほど臨場感があったし死ぬ直前の内容まで覚えている。教室の窓からは手前にテニスコート、その奥に体育館、そのまた奥に海、そして海に浮かぶ人工島、右の方には今は使われていない25mプール、左の方には有機合成やら合成樹脂やら火工品などを手広く作っている工場がある。そのすべてが一瞬で跡形もなく消え去った。と思ったら工場そのものと思えるくらい巨大な鉄の塊が飛んできた。クラスメイトはみな同じものを見ていたと思う。男子も女子も関係なく阿鼻叫喚の渦と化し恐怖に慄いていた。

 そこまでの記憶はある。思い出すだけで怖くて苦しくなる。心臓の鼓動が速くなる。でも心臓が動いていることに確信を持つことができた。自分は生きている。

「あ、学校」

 ベッドのわきに置いてあるデジタル時計を確認する。6月24日金曜日、6時50分と表示されている。

 朝食を食べに一階に下りる。

「おはよー!」

 母は朝から元気だ。

「父さんは?」

「お父さんなら朝釣りに行ったよ。会社のお世話になってる上司が良い場所知ってるらしくて一緒に行ったみたい。」

「また行ったのかよ。昨日も会社の人と行ってたじゃん。」

「え?昨日はお仕事だったよ。」

 母は振り返って不思議そうに僕を見ている。

「そんなことはいいから早くご飯食べなさい。遅刻するわよ。」

 微かに違和感を感じた。

 なんだか今日の朝食も既視感がある。



 学校に到着し、教室に入る。すでに何人かのクラスメイトが談笑している。僕はテニスコート側の一番後ろの机にスクールバッグを置き席に座る。今日の夢と母との会話の違和感について少し考える。夢で起こった朝の特徴的なことといえば、クラスメイトの七尾春が珍しく遅刻してきたことだ。彼女は品行方正で愛想がよくて遅刻なんてするわけないと勝手に考えていたから驚いた。8時25分になっても彼女は教室にいない。


 先に先生がホームルームを始めるためバインダーを持って入ってきた。

「はーいみんなおはよう。今日は皆いるかな。あれ?七尾がいないじゃん珍しいな。」

 先生がバインダーにチェックをいれた。

 「七尾以外はいるなー。それじゃ今日伝えることは特にないかなー。あ、もう2週間後に期末試験あるからそろそろ勉強しとけよー。」

 ガラっと扉が開き七尾が息を切らしながら入ってくる。長い髪が少し汗ばんでいる。

「寝坊しました、すみません。」

 これ遅刻届です、といいながら先生に紙を渡す。

「はいおはよう。七尾が遅刻なんて珍しいな。まあたまにはそういう日があってもいいと思うぞ。」

 そう言いながら紙を受け取り席に座るよう促す。七尾が席に着いた頃合いを見て、和樹が起立、礼と号令をかけありがとうございました、とまばらにクラスメイトが返事をした。

 まったく夢と同じだ。予知夢といっても過言ではないだろう。それほどまで全く同じだ。


 昼休みになり、和樹が話しかけてくる。

「大輔!放課後カラオケでもいかね?今日、金曜日だしさ一週間のストレス吹っ飛ばそうぜ」

「ん…、昨日もこの会話しなかったか?」

「してねぇよ、昨日は俺部活あったし」

 あ、今朝の母と同じ反応だ。やっぱり僕がおかしくなってしまったのかと逡巡する。

「あーそうだったか」

「で?行くの?」

「ああ、もちろん行くよ」

 あ、そういえば、咄嗟に石原と山内を探す。2人が見当たらない。

「今日、石原と山内は来てないよな!」僕が急にまくしたてるように喋りだしたことに大輔が驚いている。

「石原と山内は今、行方不明だろ?」

 和樹は僕がなぜそんなことを聞いたのか不思議そうな顔をしている。

 どういうことだ、行方不明?だって学校にはだいたい来ているし昨日はたぶんサボりだろう。それなのに行方不明は大げさすぎないか。理解が追いつかない。それに、もし本当に予知夢ならそろそろアレが降ってくる、はずだ…。

 クラスがざわつき始めた、ゆっくり窓の外、空高くを見上げる。

「まただ…。」

 次こそ本当に俺は死ぬのか、こんな予知夢意味がなかった。強制的に絶望を与えてくるものに対して予知夢なんて意味がない。どうしようもできないのだから。

 工場が飛んできた…


(2回目)


 また、見覚えのある天井が見え、目が覚めた。

 6月20日、月曜日…?そう表示されたデジタル時計を何回も確認した。

 夢の夢を見ていたならばそれまでだが、もしループしているならばループの間隔が伸びた?さっきは隕石が降ったその日の朝だったのに、今回は隕石が降る週の月曜日に戻されたことになる。混乱しながらもリビングに降りる、母が食パンを焼いてくれているみたいだ。

 ん?父の姿が見当たらない。いつもいるはずのところにいない。

「あれ?父さんは?」

「なに言ってるの、お父さんは大輔が中学の頃に行方不明になったままでしょ。もーどこほっつきあるいてんだか。それはいいから早く朝ご飯を食べてちょーだい。」

 母はあっけらかんと説明した。

 言われてみればそうだった。何を言っているんだ自分は…

 父は僕が中学の時に行方不明のままだ。え?でも、この前(四日後の金曜日?)父は上司と朝釣りに行ったと言っていた母を覚えている。

 んーよくわからない、まだ寝ぼけているのか。僕は考えることをやめ食パンを頬張った。



 ホームルームが始まった。

「えー先週の金曜日から山内と石原が家に帰ってないみたいだ。金曜日に学校に来ていたことは先生も確認しているから放課後に何かあったと思われている。放課後二人を見かけたりどこかで遊ぶとか聞いたやつは先生に連絡してくれ」

 クラスがざわつき始めた。

「それと最近、学校周りで行方不明者とか動物の死骸とかの相談、通報が多発してるみたいだからくれぐれも気を付けるように」

 また、二人は行方不明らしい。ほかの件を考えてみてもこんな事件は身に覚えがない。何が起こっているんだ?

 ホームルームが終わり、授業まであと15分ほどある。

「大輔くん、来月の文化祭の事なんだけど…」

 七尾が申し訳なさそうに話しかけてきた。

 そういえばそうだ。ここ最近おかしなことが起こりすぎて自分が実行委員だということを完全に忘れていた。

「あ~うんうん何?」できるだけ笑顔を心がけて先を促した。

「朱里ちゃんが実行委員の仕事手伝いたいって言ってるんだけど、いいかな?」

 水野朱里、同じクラスだがまだ、喋ったことがないと思う。髪型はショートカットだったような…。比較的明るい性格だと僕は勝手に思っている。

「え、ほんとに?それはうれしいな。やることいっぱいあるしぜひ手伝ってほしい」

「それじゃあ、今日の放課後にガムテープとかの買い出しに朱里ちゃんも一緒に行ってもいいかな?」

「うん、もちろん。僕も和樹誘って4人でもいい?」

「じゃあ4人で行こう」


 放課後になり、4人で買い出しに行くため歩いて10分ほどのナカシマ文具店に行くことになった。校門にある大きなアナログ時計が15時50分を指している。

「いやーこの4人でまさか買い出しに行くなんて思わなかったな!」

 和樹のテンションが妙に上がっている。

「そうだね!こういう高校生っぽいことだけで楽しくなっちゃうよ!」

 なんだか水野もテンションがいつもより高い気がする。

「和樹君、今日、部活大丈夫だったの?野球部が練習してたの少し見えちゃったんだけど…」

「そんなこと良いんだよ!俺は楽しそうな方を選んだだけだぜ!それに最近、この辺で行方不明者が出てるみたいだし3人は俺が守ってやろうかと思ってな!」

 和樹が七尾に向かって親指を立てて決め顔を作っている。

 七尾がありがと、と苦笑いを浮かべた。

「水野はなんで実行委員の仕事手伝ってくれるんだ?」

「えっとね、文化祭が近づくにつれてなんだか、わくわくし始めちゃって…、それで何か手伝えることあるかなって春ちゃんに相談したの」

 少し照れるように笑いながら言った。

「そういえば、俺達って出し物何するんだっけ?」

 和樹が申し訳なさそうに笑いながら聞いた。

「和樹あの時も寝てたもんな、僕たちはお化け屋敷だよ」

「え、文化祭の定番じゃん!っていうことは俺たちが主役ってことか!」

 和樹の発言に思わず笑ってしまった。


 そんな話をしているとナカシマ文具店に到着した。

 七尾がメモ用紙を取り出し、必要なものを確認する。

「えっと、ガムテープとA3の画用紙が5枚と12色のマジックペンと…とりあえずそれくらいかな。ほかにもダンボールとか欲しいものあるけど、それはスーパーとかにもらいに行きましょう」

「はーい、おっけい!」

 4人で手分けして探し、15分ほどでスーパーに向かい、ダンボールをもらって百均でお皿や布、鏡などを買った。


 学校に到着したのは17時半を過ぎていた。

 僕たち3組の隣の空き教室に今日買った物を置いて、カバンを教室に取りに行く。

 七尾は今日買った物の領収書を西山先生に持って行ってくれた。

「ちょっと俺トイレ行ってくるわ」

 和樹はカバンを置いたまま教室を出た。

 僕はおっけー、と軽く言いカバンに教科書を詰める。

「大輔君、ちょっといい?」

 水野が緊張気味に話しかけてきた。

「えっと、その、これから文化祭のことでいろいろ忙しくなると思うから、私も手伝いたいから、LINE交換しない?」

 おどおどとした挙動でそんなこと言われたら断るに断れない。

「うん、いいよ。交換しよっか」

 水野の表情がぱぁっと明るくなった。

「え、ほんとに!?ありがとう!」

 スマホを取り出し、LINEを交換し終えると同時に2人が教室に帰ってきた。

「なんだぁ、2人とも仲いいじゃん」

 和樹が茶化すように言った。

「まあねー」

 僕はそう言い、カバンを肩にかけ、それを見て3人も各々、自分のカバンを手に取り教室を出た。

 僕と和樹は駐輪場に自転車を取りに行き、七尾と水野は校門の方へ歩いて行った。

「いやーもう、こんな時間かー」和樹が空を見上げながら言った。

 校門にある時計は18時を指していた。

「今日はありがとな、いきなり言ったのに手伝ってくれて」

「そんなことは気にすんなよ、親友のお願いとなれば協力するのは当たり前だぜ」

 こいつはほんとにいいやつなんだと再確認をした。


 駐輪場に着き、ロックを外して自転車を押しながら校門に向かった。

 校門の外で七尾と水野が待ってくれていた。

「今日はありがとう。2人がいてくれたおかげで助かったよ」

 七尾は水野と和樹の方を向き、丁寧に感謝の言葉を伝えた。

「また、いつでも誘ってよ、絶対手伝うから」

 水野が言うのと同時に和樹もうんうん、と大きくうなずいた。

 それじゃまた明日、と別れを告げ僕と和樹は自転車に乗り帰路につく。

 七尾と水野は学校の最寄りの駅まで歩いていくみたいだ。


 この日、ずっと嫌な生ぬるい視線を感じていた。



 6月21日、火曜日


 放課後、僕と水野は空き教室にいた。

「今日は何するの?」

「今日は校門の入ったところに置く看板を作るのを手伝ってもらおうかな」

 生徒会から使いふるされているが、丈夫で重い長方形の木の板を預かっている。

 大きさは縦1m、横2m程度だ。

「もう、生徒会が紙に下書きまでしてくれていて、あとは絵の具で塗るだけなんだけどね」

 僕はそう言いながら行書体で『清風祭』と書かれた紙を両手でしわにならないように広げた。

 まず、板の端にぐるっと液体のりをつけその上から2人で紙を持ち、ゆっくり下した。

「液体のりが乾くまで待つか」

 でものりが乾くまで1時間くらいかかる。

「ジュース買いに行こ」

 僕はそう提案し、体育館の一階にある自動販売機に向かった。

「今日、和樹も手伝ってくれるって言ってたんだけど、さすがに部活があるから申し訳なくなっちゃって」

「あ、そうだったんだ。和樹君も大輔君もお互いの事考えてて優しいね」

 そんなことないよ、とはにかんだ。

「春ちゃんは有志ステージの司会だからそれの打ち合わせに行っちゃったしね」

「七尾はかなり忙しいだろうね、委員長だし実行委員だし司会もやるなんて…本当に尊敬するよ」

 そんなことを話していると自動販売機が見えてきた。僕はお金を取り出しオレンジジュースを2本買った。

「はい、プレゼント」

 僕はそう言いながら水野に手渡した。

「え!いいの!?」

 水野は驚いた表情でこちらを見上げている。

「昨日も今日も手伝ってもらってるしさ、お礼だよ」

 水野はありがとう、と言いながら両手で受け取った。

 教室に戻り、のりが乾くまで雑談をしていた。色々聞いたし、色々聞かれた。

 中学では水泳部に入っていたこと、3つ上に兄がいること、好きなバンド、好きなアイドル、他にも様々なことを聞いた。


 気づいたら17時を過ぎていた。

「あ、もうそろそろ乾いたかな」

 のりが乾いていることを確認してから絵の具の準備をする。

 生徒会が考案してくれた色の配置の原稿を見ながら行書体の文字から青色で塗っていく。

 2人で塗り進めていると、開けていた前のドアから西山先生が入ってきた。

「おお、2人ともありがとな。おー今塗り始めたんか」

「のりがなかなか乾かなくて…」

 少し嘘をついた。

「気にすんな気にすんな、来週からお化け屋敷の準備するから今週の金曜日までに完成させてくれたらオールオーケーや」

 先生ははちきれんばかりの笑顔で言った。

 2人で分かりました、と相槌を打つ。

「俺も手伝いたいんやけどな、今から職員会議があるからごめんな」

 先生は申し訳なさそうに苦笑いをした。

 時間ないし行ってくるわ、と先生は今入ってきたドアから職員室に向かった。

「西山先生、良い先生だよね。私たちのことも気にかけてくれて」

「え、うん、そうだね」

 工場が飛んできた日の夢を思い出す。先生が全力で逃げていった後姿を鮮明に覚えている。

 それから、文字だけを塗り終わり教室の時計は17時50分を指していた。

 後ろのドアがガラッと開き、七尾が入ってきた。

「2人ともごめんね、今日手伝えなくて」

「いやいや、春ちゃんの方が忙しいでしょ」

 と水野がほほ笑んだ。

 僕もうんうん、と相槌を打ち同意を示した。

「まだ文字しか塗れてないけど、慣れない作業で手が疲れちゃったよ」

 水野が手を握ったり広げたりしている。

「今日はこの辺で終わりにしようか」

 まだ外は明るいが時間はあと3日もある。何なら明日で終わるかもしれない。僕はそう思い、七尾もそうしましょう、と言い続きは明日することになった。

 3人で下駄箱まで行きそこで2人と別れ、野球部が整備をしているのを確認した。そのあと駐輪場に行き、和樹を待つことにした。


 6月22日、水曜日


 放課後、僕と七尾と水野は空き教室で看板作成の続きをしていた。

 すでに文字は塗っていたから、あとは制服を着た男子高校生と女子高校生がこちらに背を向け、ジャンプをしている絵と青空に浮かぶ白い雲に色を付けるだけだ。

 細かいところは女子2人に任せ、僕は雲から塗っていく。

 3人とも集中して塗っていたため、ふと顔を上げ時計を確認すると18時20分を指していた。

「あ、やばい!」

 水野も時間に気が付いたようだ。

「30分までに校門出なくちゃいけなったよね!?」

「そうね、早く帰りましょうか」

 僕たち三人は急いでパレットとバケツを洗いに行き、カバンを持って教室を出た。

 下駄箱まで下り、靴を履き替え、生徒玄関を出たところで水野が口を開いた。

「あのさ、今から海岸のほう行って夕日見ない?」

 最近の日の入りは19時前だったか、今から行けば間に合いそうだ。

「いいね、僕は行こうかな。七尾はどうする?」

「私も行きたいけど、弟のごはん作らなくちゃいけなくて…。今回は2人で行ってきて」

 七尾が浮かない表情で言った。

「え、弟のごはん作ってるの?それならもっと早く切り上げてもよかったのに」

 水野が感心するのと同時に七尾を気遣ってみせた。

「じゃあ、2人で行こうか」

 僕は七尾にまた明日、と声をかけ、水野に校門前で待っていてくれるように頼み駐輪場に自転車を取りに行った。


 「おまたせ」

 僕は自転車を押しながら軽く走り、校門前にいる水野と合流した。

 ここから海岸までは歩いて5分ほどだ。

 海岸に到着すると丁度、水平線に日が沈み始めたところだった。

「わぁ、きれい」

 とだけ言い、水野はスマホで写真をパシャパシャ撮っていた。

 確かにきれいだ、まともに夕日が沈むのを見たのはいつぶりだろうか。

 茜色をした西の空が紅に金を混ぜたような強烈な色彩へ、そして辺り一面に夜の気配が漂ってきた。

「そろそろ帰ろうか」

 彼女はうん、とだけ頷いた。僕は駅まで送ることにした


「今日はありがとね、急に誘ったのに一緒に行ってくれて」

「僕も久しぶりにあんなにきれいな夕日を見たよ、誘ってくれてありがとう」

 水野はなにか言いたげな表情をしてからうつむいた。3秒ほどたってから顔を上げ、

「明日さ、看板づくりが終わったらさ、どっか遊びに行かない?」

 水野は緊張と不安が混じった表情と声で言った。

「もちろん、いいよ」

 優しい表情を心がけながら返事をした。



 6月23日、木曜日

 

 放課後、看板づくりは水野と二人で最後の仕上げだ。

 仕上げといっても30分もあれば終わるだろう。僕は昨日に引き続き青空を塗り、水野はスカートの細かな柄を塗っていった。

 すると前のドアから西山先生が様子を見に来た。

「おーもう終わりかー、今日は手伝えると思ったんだがな、お前らの仕事が早いからこっちも助かってるぞ!」

 先生は元気な声で言った。

「僕らも作るの楽しかったです」

 完成した看板をもう一度確認してから

「これってあとは乾かすだけでいいですか?」

「おう、そうだな。丁寧に作ってくれてありがとな」

 それだけ言うと先生は生徒会室に向かったみたいだ。

 時計の針は16時15分を指していた。

「どこ遊びに行く?」



 6月24日、金曜日


 朝、目が覚めたときから、妙に緊張していた。


 「今日の昼休み、屋上来てくれない?」

 2時限目の終わりに水野は僕の席まで来てそれだけ言って戻ってしまった。


 昼休みになり、いつも通り和樹と2人で食べていた。ちらちら水野の方を意識しながら食べていたから和樹の話に空返事だったかもしれない。

 水野が席を立って僕に目配せをした。少し間を開けてから屋上に向かった。


 屋上は本来解放していないはずだが、どういうことか鍵を持っていたみたいだ。

 屋上の扉を開けると、扉に隠れる形で水野が立っていた。

「あ、来てくれてありがとう。私屋上なんて来たの初めてだよ」

 緊張のせいか言葉が棒読みだった。

「僕も屋上初めて来たよ」

 ダメだ、僕も緊張している。人のことを言えるほど滑らかにいえなかった。

 5秒ほどの沈黙が永遠にも感じられた。


 「実はね…」

 水野が口を開いた。

「2年生になってから大輔君のこと気になり始めて、それで看板づくり手伝ったり、遊びに誘ったりしたんだ…」

 軽くうつむきながら喋っている。

 息を吸って、僕の目を見る。

「よかったら、私と付き合ってください」

 緊張が最高潮だった。断る理由が思いつかない。

「う…」

 背後の扉がカチャっと音を立てた。

「え…」

 水野は僕の後ろの何かと目が合ったようだ。僕も後ろを振り向こうとしたとき、それは水野の腹にナイフを刺した。血が滲みだした。

「え、」

 僕は目の前で起こった事が理解できなかった。七尾が水野を刺した?

 水野がふらっと倒れ、小さなうめき声をあげている。

「あはははは!」

 七尾が高らかに心底嬉しそうに笑っている。

「もしかして大輔君、告白OKしそうになったの?」

 意地悪な表情を浮かべながら聞いてくる。

「知らないだろうから教えてあげる。朱里ちゃん裏では万引きしたり、電車で痴漢されたとか喚いて大人からお金巻き上げたりしてたよ。もっと色々な悪いこと知ってるけどね。でも大輔君とのこと応援するよって言ったら改心したのか知らないけど段々真っ当な人間になれるよう意識を変えてたね。昨日も2人で遊びに行ったんでしょ?めちゃくちゃ楽しかったって言ってたよ。プリクラなんかもとっちゃったりしてさー」

 言いたいことを矢継ぎ早に言ってきた。

 一呼吸置き、息を吸った。

「でも人の本質は変わらないって確信があるから」

 僕をまっすぐ見て言い放った。

「この際だから、まだまだ言いたいこと言っちゃうね。えーでも、何から言おうかな」

 まるで人が変わったかのようにハイになっている。

「男の子ってバカだねーだって呼んだらすぐ来るもん。女の子はねー信頼関係築いてからじゃないと会ってくれない子が多かったかなー、でも恋愛で私が力になれそうってことを伝えたらさっきまでの警戒心どこいったー?って感じで簡単だったかな」

「なにを言ってるの…」

 彼女の言いたいことに感づいてしまった、しかし心の中のもう一人の自分が全力で否定する。彼女から目が離せない、浅い呼吸が止まらない。

「え?まだ気づいてなかったの?私だよ〇〇市失踪事件の犯人。大輔君もなんとなくわかってたんでしょ、でもこの仕組みに気付いて利用したのは私のほうが早かったみたいだね」彼女は台本でもあるかのようにすらすらと自分の犯した偉業を語り始めた。

「なんで俺が繰り返してること…」

「そんなのすぐわかったよ、一回目のとき、とても不安そうな顔してた。でも仲間がいるってわかってうれしかったんだ!それでこの状況を楽しもうって思っていろんなことを試したよ。まず近所のおじいちゃん殺して隠したり、地域猫殺してみたり…。もう、怖いものなんてなーんにもなかったね!」

 彼女は純真そのもので無邪気で明るかった。

「そんなのまともじゃないよ!死んだ人は二度と生き返らないかもしれないのに!」

 僕はやっとの思いで言葉を出した。

「大輔君何キレイごと言ってるの?そんなに悲観して、でもあの不良どもは嫌いだったでしょ、大輔君もお金たかられてたもんね。他にも部室でサンドバッグにされてたり盗撮してこいって言われたりしてたもんね。気分はどう?殺したいほど嫌いな奴がいなくなった世界は。そいつらを消してくれた女神さまが目の前にいるんだよ、感謝の一言くらいあっても良いと思うけどなー」

「…」

 あいつらがいないと分かったとき、喜んでしまった自分がいたことは確かだ。言い返すことができず、唇を強く噛んだ。

「はぁ、君って事なかれ主義だよね、それって平和主義とは言わないよ?君も自分を取り巻く環境に多少なりとも不満はあるでしょ?これは私たちに与えられたチャンスなんだよ。ループが終わったとき、最高の人生をリスタートさせることができるんだ。私は変えるよ、自分の手で、君の人生にダメージを与えたとしても私の未来をつかむんだ」

 そう彼女は言い目を閉じた。

「またね」

 その言葉が合図かのように隕石が降ってきた。ああ、まただ。七尾の感情が流れ込んでくる。崩壊する世界とともに七尾は笑みを浮かべていた。足元が崩れる。僕はまだ厭世的な夢を見続けないといけないのか。



(3回目)

 6月24日、金曜日


 ホームルームが始まった。七尾と水野が見当たらない。もちろん石原と山内も。

 先生が大きく息を吸って、何か覚悟を決めた表情をした。

「先週の金曜日から山内と石原が家に帰ってないみたいだ。金曜日に学校に来ていたことは先生も確認しているから放課後に何かあったと思われている。放課後二人を見かけたりどこかで遊ぶとか聞いたやつは先生に連絡してくれ。それと今週の月曜日から水野朱里が行方不明だ。どこかで見かけたとか何か悩んでたとか知ってるやついたら先生の所まで来てほしい」

 クラスが一気にざわつき始める。クラスメイトが急に3人も行方が分からなくなってしまったのだから当然だろう。

「静かに、一人で帰るのは危ないからできるだけ友達と2人以上で帰るようにしてくれ。先生たちも通学路の見回り強化を…」

 その時、前の扉がガラッと開いた。皆一斉にそちらを見る。七尾が静かに入ってきた。

「七尾か、遅刻するなんて珍しいな。ん?なに立ったままなんだ、早く席につ…」

 七尾が肩から掛けた学生カバンから血の付いた包丁を取り出し、切っ先を西山先生の方に向け、勢いよく走りだした。

 クラスメイトは声をあげる間もなく、先生は抵抗する余地もなく心臓を一突きされた。

「あんたもいらない…」

 クラスメイトは一拍置いたくらいでようやく状況がつかめ始めたようだ。女子の悲鳴がうるさい、男子の狼狽える姿が目障りだ。

 クラスメイトの大半が教室の外に逃げ出し他クラスの先生を呼びに行ったみたいだ。

 和樹は僕を引っ張って外に引きずり出そうとする。

「おい、大輔、危ないって、逃げるぞ早く!」

「大丈夫だから、和樹、先行っててよ」

「お前が死んだら俺は何のために…」

 和樹は何か言いかけて…やめた。

「大輔君」

 教壇の上に立っていた七尾がゆっくり近づいてくる。手を伸ばせば殺せる距離まで近づいてきた。

「七尾、僕思い出したよ。君が何者なのかを」

「君に私の何が分かるの」

 息が詰まる。和樹が僕から少し離れた。

「七尾春、君は…すでに死んでいるじゃないか」

 七尾が左の口角だけをあげ薄ら笑みを浮かべた。長い髪がより一層不気味さを引き立てる。


 「噂だと自殺したって聞いた」

 僕は続ける。

「君にとって都合の良い世界を創っても君はもうこの世界で生きられないのに」

「…ちっ、…ああそうね」

 下を向き、髪をボリボリ掻き始め、あぁうぅと、うめき声を上げ始めた。

「じゃあ最後に一つだけ」

 彼女はそう小さく言い、持っていた包丁が僕の顔の横を通り過ぎた。それは和樹の喉ぼとけに刃を突き立てていた。

 え、声にならない声がでた。和樹が床に倒れこんだ。

「おい!和樹!」

 なんて声を掛ければいいか分からない。大丈夫なわけがない。和樹は浅い呼吸を繰り返している。

「知ってた?大輔君。そいつもすでに死んでるよ。君のお父さん中学の頃に亡くなっちゃったよね?犯人、和樹君だよ」

 七尾はニヤニヤし始めたが目は笑っていない。

「そいつも理想の世界を創るために、まず始めたのが親友の父親を殺すことだよ。ほんとは君たち憎しみあってたんじゃないの。あんなに仲良さそうに見えたのに表面上だけの関係だったんだね」

 僕はあっけにとられて言い返すことが出来なかった。

「まぁいいや、満足だし」

 しゃがみこんでいる僕に目線を合わせ、最後に飛び切りの笑顔を見せた。

 彼女は立ち上がり、全開の窓に手を置いた。

 数秒後、ぐしゃ、と何かが潰れる音が聞こえ、和樹は呼吸をしていなかった。

 そこで気を失ってしまった。



 目が覚めると、朝のホームルームが始まろうとしていた。知らない人が号令をかけた。

 七尾と和樹の席に知らない生徒が座っていた。

 先生と水野は…いる。

 水野がこっちを振り返り、目が合った。彼女はすぐ目をそらした。

「えー来月の文化祭の事なんだが…」


 あれ?七尾と和樹って誰だっけ。思い出せなくて寝たふりをした。

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