第8話
8話
「なーおゆーきくーん。学級委員ごくろー様」
と、僕の前に立ちはだかるのは一人の同級生、鈴木孝弘(すずきたかひろ)だった。彼の両隣には取り巻きのように三田幸樹(みたこうき)と足立卓(あだちすぐる)がいる。この三人は小学校からこのようにつるんでいるようだった。
鈴木くんはニタニタとすっごく嫌な笑顔で僕を逃さない様に壁際まで追いやってきた。
「……な、何の用?」
壁に背を押し付けられる様にされた僕は少し俯いて睨むように鈴木くんを見た。
目が合うと鈴木くんは僕のすぐ真横の壁にドンッと手を置くともう片方の手で僕の胸元で何かを寄越せと言わんばかりに指をチョイチョイとさせて、
「お・か・ね」わざとゆっくり言って、「貸してくんない?」と、気持ち悪く甘えるような声でそう言ってきた。
「……」
僕は一瞬押し黙ったが意を決して、
「そんなの持ってないよ」
静かだけどはっきりと言った。そうすると鈴木 (もうくん付けじゃなくていいと思う)は眉をしかめて、「ー…あ?」脅すような低い声を出す。
「今日、龍治来てただろ。ちょーと借りてきてくんね? ほら、昔みたいに『りゅうちゃーん』って泣きつけば貸してくれるんじゃねーの?」
鈴木はそう言いながらどこぞのチンピラみたいに下から僕の顔を覗き込んで小学校の頃のような僕の真似をしてみせてきた。
そんな態度に僕は少し苛つきを覚えてーー
「……いつまでも仲が良いわけじゃないよ。借りたかったら自分で言いに行けば?」
嫌味ったらしく言って思いっきり鈴木を睨みつけてやった。
「……お前、誰に向かって口聞いてんの?」
鈴木はその言葉に怒りのスイッチが入ったのかドスのきいた声色で僕の左の足の脛(すね)を力一杯に蹴ってきた。
「……ぃッ」
強烈な痛みに僕は顔を歪めたがそれでも鈴木を睨む視線は外さなかった。
「前みたいにボコボコにしてやろうかッ?!」
僕の胸倉を掴み恐喝してくる鈴木。
ーーりゅうちゃんが学校に来なくなった小学生六年の頃。鈴木たちは、りゅうちゃんに相手にされなくなったのか【僕】を執拗にいじめてくるようになった。それは中学生になった一年生まで続き、僕が屈する事がないのに飽きたのかいじめは徐々に減ってはきていた。
それが今日、りゅうちゃんが登校してきた事をきっかけにしてか僕にいきなり絡んできた。
僕が何も言わずに鈴木たちをずっと睨み続けていると、鈴木が胸倉を掴んでいた手を離し僕の鳩尾に一発拳を入れてきた。
「ー…ッウ、ゴホッ……!」
とっさのことで僕はお腹と口を押さえしゃがみ込んでしまった。腹部にものすごい激痛と胃から何かが込み上げてきてむせてしまう。
「フンッ」鈴木は鼻をならして、「今日はこの辺で勘弁してやるよ」と、捨て台詞をはいて三田と足立をつれて去っていった。
膝をつけてしゃがんでいた僕はしばらく咳をしていたが少し楽になったのでそのままそこにペタリと座ってしまった。
(……りゅうちゃんが待ってる。早く行かないと)
苦しさで咳き込んだため目尻に涙が溜まっていたのをそっとぬぐう。小さく溜息をついて立ち上がり汚れた学生服のズボンをきれいに払う。そのまま階段を上がり一旦トイレにいく。
シューズからトイレ用のスリッパに履き替えて鏡の前に立つ。少しずれた眼鏡を元に戻して、自身が映った鏡にニコリと笑ってみせた。
(僕の顔、変じゃないよね?)
頬に手を添えて顔の角度を変えて色々な所を確認する。
りゅうちゃんは僕がいじめに合ってること知らないから、こんな事で余計な心配はさせたくなかった。それにこれは僕自身の問題だからーーでもりゅうちゃんは結構鋭いところがある。それを悟られないようにはしたい。いくら友達でも、りゅうちゃんには知られたくない。こんな情けない姿、りゅうちゃんに見られたくないってのもある。
気を取り直して僕はりゅうちゃんが待つ教室に戻った。
「りゅうちゃんごめんね。先生と明日の打ち合わせしてたら遅くなっちゃった」
ーー当たり障りない小さなウソ。
自分の席についていたりゅうちゃんに笑顔を向ける。
「ーーおう。委員長も大変だな」
頷いて立ち上がり鞄を肩にかけるりゅうちゃん。僕の姿を見ても何も言わないのは多分気が付いていない。その事に僕は内心ホッとした。ーー僕がいじめられてる事は、りゅうちゃんは知らなくていい。
「帰ろうぜ」
戸口に向かうりゅうちゃんは振り向きながらそう言ってきたので僕は笑顔のまま、「うん」と、返事をかえした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます