第12話 出発

 地下のドッグ内にある会議室で出発の最終チェックを済ませ、乗船口へ向かうと、入り口手前で声を掛けられた。 


「ニネ! こんな所に来たらダメだろう!」慌てて近くの部屋に入ると「自室から出るなと言ったじゃないか!」

「部屋になんかいられません!」

「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるから。ほら、泣くな」頭を撫でながら「父さんのこと頼むよ。辛くても頑張ってしまう人だから、傍で見ててくれ」涙を拭きつつうなずくので「ニネも、早く身体を治すんだ」

「絶対、戻ってきてください」

「必ず戻ってくるよ」背中をポンと叩くと、先に部屋から出る。

 

 戦闘艦に乗り込んでコントロール室へ行くと中央のメインシートに座り「各ポジション報告を頼む。それと、航路を確認してくれ」


 すると、右手側に座っている通信担当が「全ポジション異常ありません」振り向く顔を見て「君はあの時の」戦闘艦の準備を見にドッグへ行ったとき、ニネを追い返したロイを追い返した若い作業員だった。


「通信担当としてお供させていただきます、エルと言います」立ち上がり、軽く頭を下げるので「そうか。よろしく頼む」


「ロイ様」前方大型スクリーン前の操縦席に座っている男性が立ち上がり「メインパイロットのセイボリーと申します。よろしくお願いします」挨拶すると「出発前にお願いがあります」


「お願い? 何?」

「この戦闘艦は完成したばかりで正式名称が付いてません。なので、最初の艦長であるロイ様に名付けていただきたいのです」

「エエッ、そんな重要なことはもっと早く言ってくれよ。いきなり言われても、良い名前なんか出てこないよ」

「すみません。まさか、こんなに早く出発することになると思わなかったので」


(確かにそうだよな。僕も驚いたし)


「艦の名前をつける基準かなにか、あるのか?」

「一般には、縁起のいい言葉ですね」

「まあ、艦だけに、壊れないとか、沈没しないとかだよな」

「ポピュラーなところでいけば、神話に出てくる神様の名前ですか」

「確かにね。どうしようかな」


 その時、お師匠様に会いにいって長老の部屋に入り、黒檀こくたんのテーブルの端に置いてあった本のタイトルが浮かんだ。


「レジーナ・マリス」


「それはどういう意味ですか?」

「エッ、なんだろう?」

「海の女王です」通信担当のエルが答える。「海を統べる女王スティーラのことです」

「よく知ってるな」

「古い文献を読むのが好きなので」

「そうなんだ。海の女王か、いい感じじゃないか。どうだろう?」

「私もいい名だと思います」セイボリーが同意すると「他のみんなもどうだろう? 自分たちが乗る艦の名前だ。率直な意見を出してくれ」


 しかし、反対意見が出なかったのでその場で決まった。


「では、本艦をレジーナ・マリスと命名する」

「早速、宇宙船舶協会に登録します」エルが手配を始める。


「それと、僕からもみんなにお願いがあるんだ」

「なんでしょうか、ロイ様」見上げるセイボリーに「それだよ」

「それ?」

「その呼び方だよ」

「呼び方、ですか?」

「様付けで呼ぶのをやめてほしいんだ」

「エッ、いや、そのようなことを言われましても……」

「僕たちは調査団として出発するんだ。だから、一員として見てほしいんだ」

「はあ……」


「そうだな。様付けで呼んだら、腹筋百回くらいやってもらおうかな」

「罰則付きですか!」

「一員として対応してくれたらやらないよ」

「もちろん対応しますよ。気を遣わないほうがいいですからね」

「では決まり」


「さあ、そろそろ出発時間だ。各自、準備を頼む」


 操縦席に座るセイボリーが計器を確認し「メインエンジン稼働」レバーを引くとゴォッと音が響き、艦が揺れる。


「正面スクリーンに映像出します」エルの声がすると前方の隔壁が映る。


 ロイは立ち上がると「レジーナ・マリス号、発進!」


 午後五時半、夕日に染まる空へ向けて、大型戦闘艦が出発した。

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