第9話 特殊能力

 部屋から出て廊下を歩いていると、来たときの疑問が蘇ってきた。


(やっぱりお師匠様の足音がしない)


 謎はどんどん膨らんでいく。


(靴底に特殊なスポンジでも付いてるとか?)


いくら考えても納得のいく答えが見付からないので、思いきって聞いてみることにした。


「お師匠様」

「はい。何でしょうか?」足を止めて振り返るので「つまらないことをお聞きしますが、歩くとき、どうしてお師匠様の足音がしないのでしょうか?」

「おや、その事にお気付きになりましたかね?」

「気付きますよ。この静寂せいじゃくの中、石の廊下を歩いてるのに、僕の足音しか聞こえないんですから」


「オッホッホッホッホ。お気付になるとは、さすがロイ様ですね。修練を積んだ予言者は、重さを無くすことができるんですよ」

「重さを無くす? どういうことですか?」

「体重という重さを無くすことができるんですよ。修行を積んだ者に与えられる技の一つですよ」

「その技を貰えると、足音を立てずに歩くことができるんですか?」

「そうですよ。宙に浮いてることと同じになりますからね」

「そうなんですか! 予言者の方たちはすごいことができるんですね」


 するとお師匠様は声をひそめ「実は、あの方からいただいた力の一つなんですよ。もしロイ様がお気付きになったら、この力を分けて差し上げようと思ってたんですよ」

「本当ですか!」

「シッ! 声が大きいですよ」

「……すみません、つい」

「それではすぐ済みますから、屈んでくださいね」


 小柄なお師匠様の目線まで屈むと、額に人差し指と中指をあて「いいと言うまで目を閉じててくださいね」


 言われたとおり目を閉じると呪文のようなものを唱えはじめ、指が当たっている額の部分が熱くなってくるとボール状になり、額から体の中へ入ってくると胸の辺りまで降りてきて、弾けるように消えていった。


「終わりましたよ」

 ゆっくり目を開けると「今の熱いボール状のものは何ですか?」

「さあ、何と申したらよいでしょうかね。強いて言えば、力、というところでしょうかね」

「力ですか?」

「では、歩き方をお教えしますね。目を閉じて、先ほどの熱いボール状のものを思い浮かべてくださいね」


 ロイは目を閉じ、ボール状のものを思い浮かべると、胸の上に浮きでてきた。


「そのボール状のものがはじけて、全身を包むイメージをしてくださいね」


 ボール状のものはすぐに弾け、柔らかい波紋のようなものが全身を包んでいく。


「終わったら目を開けてくださいね」目を開けると「ご気分はどうですか?」

「ああ、大丈夫です。なんかフワフワと浮いてるような感じがしますけど」

「何回か使えばその感覚に慣れますからね。まあ、それが、力が働いてる証拠ですよ」

「そうなんですか」

「さあ、歩いてみてくださいね」


 恐る恐る一歩を踏みだすと、足の裏がポワンと弾力のある透明なボールを踏んでいるような感触がする。


 さらにもう一歩、また一歩と歩いていくと「すごい、足音がしない。まるで軽い反重力ブーツを履いてるみたいだ」

「では、力をしまうときの方法をお教えしますね」

「ああ、お願いします」

「先ほどと同じく、ボール状のものを思い浮かべて、それを胸の奥にしまうところを思い浮かべてくださいね」

「わかりました。出し入れが意外と簡単なんですね」

「難しいと忘れてしまいますからね」

「確かに」クスッと笑う。

「これは、今回の旅に役立つと思いますよ。なんといっても、水の上も歩けるのですからね」

「本当ですか!」


「シッ、修行者は今も勉強してますからね。邪魔をしないようにしてくださいね」

「こんな時間まで勉強ですか? 大変ですね」

「習得するものがたくさんありますからね」と言って玄関に向かって歩きだす。


(それにしても静かだな。人の気配がまったくない)


 足音がしなくなったので、建物の中が異様なほど静かなことに気付く。

 窓の外を見ると、向かいの棟の窓に仄かな明かりが複数見えた。


 玄関がある大広間まで戻ってくると「ところでお師匠様。もし足音のことに気付かなかったら、浮遊の力はいただけなかったんですか?」

「そうですね」あのシワクチャな笑顔で答えるので「どうしてですか?」理由を聞くと「気付かない者に、その力の真価はわかりませんからね」

「なるほど。聞いてよかった。本当は聞こうか迷ってたんですよ」


「お部屋へ行くとき、お気付きになられていたでしょう? いつ、どういうふうに聞いてこられるか、楽しみにしていたんですよ」

「気付いてらしたんですか? お師匠様もお人が悪い。その時に教えていただければ、あんなに悩まなかったのに」

「これはロイ様への試験でしたからね。お教えすることはできませんよ」

「試験ですか? 参ったな」

「では、旅の成功をお祈りしておりますよ。どうぞ、良い旅をなさいませ」

「お師匠様もお元気で。いろいろとありがとうございました」頭を下げ「では」玄関から出る。


 来た道を引きかえす途中、見送ってくれるお師匠様に手を振り、車に乗りこむと対策本部へ戻った。

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